動物遺伝育種学研究室

須田 義人(ファームビジネス学科/教授)

家畜改良にみられる進化的な遺伝的改良量とエピジェネティクスの関係

量的形質の変化は、複数遺伝子の発現制御間の相互作用の相加的な結果として捉えることができる。分子生物学的には、望ましい遺伝子群の望ましい発現制御をする個体を選抜することにより、望ましい遺伝子型を持つ個体の頻度を高め、その遺伝子制御の望ましい様式が部分的に次世代に伝達されることを期待して、育種改良が進められてきている(Figure1.&2.)。家畜の育種改良に用いられる選抜は人為的小進化と考えることができ、量的形質の改良を進めるには統制の取れた複数の望ましい遺伝子頻度の高まりと、その発現制御が必要であると考えられる。その大規模な制御機構の一つと考えられる現象に、ゲノムDNAシトシンメチル化がある。このエピジェネティクスといわれる現象は、ゲノムDNAの塩基配列が同じ2つの個体であっても、まったく同じ表現型を示すとは限らないという事実の原因である(Figure3.)。家畜生産において、このような塩基配列に依存しない遺伝情報は、育つ環境によって能力を発揮できないという点で遺伝子と環境の相互作用を仲介する重要な情報であると考えられる。選抜反応から正確に評価した遺伝能力(育種価)の分子レベルでの意義と構成メカニズムを明らかにすることは、育種価の正確度を高め改良効率を高める実学的な側面のためだけではなく、選抜という人為的小進化の分子メカニズムを明らかにするという学術的な意義も大きく、家畜の育種改良の進歩に貢献すると期待できる。

参考文献:須田義人, 育種改良とエピジェネティクス ~特に改良に伴うDNAメチル化パターンの変化とその関わりについて~,2005年, 第11回日本動物遺伝育種シンポジウムプロシーディングス1-9.

図1

図2

草食型シリアンハムスター(選抜改良系)における内分泌撹乱物質耐性メカニズムのDNAメチレーションとの関係

一般配合飼料(F2)給与下で野生種シリアンハムスターを無作為交配して基礎集団GNrとし、アルファルファ飼料(ALF)のみの給与下でも安定した繁殖能を保持している閉鎖集団GNaを長期表型選抜し、兄妹交配で維持している。生理・形態学的な検討からその集団は内分泌撹乱物質で知られるエストロジェン様物質への耐性を保持していると推察された。この特性のメカニズムを解明するため、エストロジェン感受性を制御するエストロジェンレセプターα(ERα)の遺伝子発現様式を検討した。アルファルファ給与下で、繁殖能力を安定して維持可能に長期選抜された草食型シリアンハムスターは、内在の植物性エストロジェンによってERαの発現が適度に抑制され、相対的にエストロジェン感受性が低下し、DES(環境ホルモン)耐性となっていると推察された。その性質は、短期的ではなく遺伝子レベルで影響を受けている可能性があるため世代に渡って出現していると考えられる。
平成17年3月 第104回日本畜産学会大会(東京大学)にて報告

TOP