人に寄り添い、想いに寄り添い心と暮らしを豊かにするデザインを

卒業生:富士通株式会社デザインセンター チーフデザイナー 小室 理沙さんへのインタビュー
(事業構想学部デザイン情報学科2012年3月卒業)

南三陸の被災集落で住民と共に明日を考え
自分ができることを見つけた「A book」の経験

東日本大震災の直後はあまりの被害の大きさと自分の家も被災したこともあり、デザインにできることなんてないのではと落ち込んでいました。そんな時にグラフィックデザイナーの森本千絵さんが「IDEAFORLIFE」というプロジェクトを立ち上げ、各地のデザイナーが節電ポスターや支援物資の表示シールをつくるなど遠くからできる支援を始めたことを知り、被災地にいる私だからこそできることがあるのではないかと考えるようになりました。5月に大学が再開して最初のゼミで、中田千彦先生から「Abookforourfuture,311」(以下「A book」)のコンセプトをお聞きして、まさしくこれが自分のやりたかったことだと感じ、プロジェクトに参加することを決めました。

東日本大震災によって大きな被害を受けた宮城県南三陸町戸倉地区長清水(ながしず)集落では、当たり前だった日常が奪われ、明日の生活を思い描くことすらままならなくなっていました。そこで私たち学生が現地に赴いて、実際に住んでいらっしゃる方と、私たちが描いた未来の絵を介してお話をしながら「こんなことをやってみませんか」と集落の明日やちょっと先のことを一緒に考え、受け取った想いをまたアイデアに置き換え本のページをつづっていくということを始めました。それが「A book」プロジェクトです。

そこで私は復興のシンボルとなるようなてぬぐいをつくりませんかと提案し、住民の方にも賛同を得られ、実際に製作することになりました。長清水集落の方たちは震災から間もない頃から、みんなで頑張ろうと一致団結するためのTシャツをつくり、自分たちで積極的に動いて復興活動をされていました。そこで、復興活動中に使えるものが良いのかなと思い提案したのが「ながしずてぬぐい」です。デザインは青海波という日本の伝統的な波の文様をモチーフにしています。現地の方から聞いた「津波はあったけど、海があるから長清水を離れられない」という言葉が印象的で、海と一緒に生きていく覚悟のようなものがこの方たちにはあって、だからこそここで復興していこうという気持ちがあるんだなと感じ、海をモチーフにすることに決めました。

製作資金はクラウドファンディングを利用して集め、59人と2社から支援をいただいて完成させることができました。出来上がったものは長清水集落の方、支援していただいた方、そして「UIA2011東京大会」(以下UIA)という世界建築会議で長清水集落へのメッセージやアイデアのスケッチを描いて「A book」のページを一緒に考えていただいた方に差し上げました。

一人のプロとして真剣に取り組んで分かった
デザイナーとして生きるために大切なこと

「A book」プロジェクトを通して、デザインは本当に人のためになり、人を幸せにすることができるんだなと感じました。シンプルなことですが、ただ学校で学んで企業に入って仕事をしただけでは分からなかったんじゃないかと思います。自分が考えたものが形になって、長清水の方の手に渡った時に、自分が思っていたのをはるかに超える反応をいただきました。当時、長清水集落の方たちは数カ所の仮設住宅に分かれて住んでいる状況でした。それが寂しいと語っていたおばあさんから、「ただ、このてぬぐいを持っていると、遠くにいてもつながっているような気がする」と言っていただけました。企業に勤めていても、直接ユーザーの方が喜んでいる様子を見る機会はなかなかないので、そういう経験ができて良かったです。自信がついて、今後も一生デザイナーとして頑張っていこうと決心がつきました。

もう一つプロジェクトで学んだのは、デザインをするときには人にしっかりと寄り添って、想いを聞いて、本当に必要なモノや体験を形にしていくことが大切だということです。「ながしずてぬぐい」も家で悶々(もんもん)と考えていただけではできなくて、現地に行って長清水の方たちにお話を聞いたからこそできたデザインだなと思っています。

このてぬぐいを手にする対象が3つあることも重要でした。3つの対象者それぞれに対して効果的な見せ方、効果的なデザインを考えたことが大きな経験になりました。今のサービスデザインの仕事では、一つのサービスの中で異なる対象者にとって最適なデザインとは何だろうと考える仕事をしているので、あの時の経験がとても活きていると思っています。特にUIAという世界中の目が集まる場所に出すものとして、学生であってもデザインのプロフェッショナルとしてどんなものがふさわしいのかを真剣に考えました。デザイナーとデザインを学んでいる人の違いはやっぱりそこなのかなと感じていて、デザイナーとして生きるとはこういうことなんだなと思いました。

社会人9年目にしてやっと目標が定まってきました。前職は楽器メーカーでプロダクトデザイナーとして働いており、その時から人の心の豊かさというのを考えてきました。心の豊かさをつくるためには、解決しなければならない社会的な課題が多いと感じ、それで社会課題に対してデザインで挑戦ができる現在のサービスデザイナーの仕事に就いたという経緯があります。今の目標は、人の心と暮らしが豊かになるようなものをデザインし、それが何十年後かの当たり前として生活に溶け込んでいるといいなと思っています。

 


後輩へと受け継がれる姿勢や取り組みが
これからの10年もページに刻まれていく

小室さんのお話を伺いながら、10年前を思い出していました。南三陸に向かう道中、川を遡上(そじょう)したがれきや集落が壊滅した場所など見たことのない風景が広がり、そこに生き残った人たちがいて、そういう人たちの逼迫(ひっぱく)した状態に向き合わざるを得ない状況で、私たちはデザインとは何かということを突き付けられたわけです。

小室さんは職場で、同世代の人に比べて広い視野、考え方で物事を見ていると言われることがあるそうです。また、仕事で関わっている防災プロジェクトで、被災しなかった人に比べて防災への意識や見え方が違っていることを自覚したといいます。意識していなくても経験や体験がどこかに蓄積されていて、それが効いてくるときがあって、それが小室さんから染み出しているというのが典型的だなと思いました。

「A book」はその後も小室さんに続いた後輩たちによって続いており、その姿一つ一つがまた「A book」に刻まれています。長清水も震災から10年がたって変化する中、これから何を考えるかということがまた「A book」のページとなって増えていくでしょう。小室さんやあの世代の学生を後輩がずっと見て、次の代、また次の代に連綿とつながっていて、それが姿勢や考え、取り組み方ににじみ出てきていると思います。これからも小室さんにはレビューなどを通してまた新たなしずくを落としてもらい、「A book」の当事者として宮城大学と関わってほしいと思います。
(事業構想学群長 中田千彦)
 

 

インタビュー構成:菊地正宏(合同会社シンプルテキスト)
撮影:渡辺然(Strobe Light)/ディレクション:株式会社フロット


価値創造デザイン学類

Creating “new value & design”
for the society.

情報・環境デザインを通して、新しい価値をどう生み出していくか。
日々変化する社会環境を観察し、デザインが担う役割を学びながら、
多様な課題を解決へと導く論理的思考力と表現力を身につける。

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