生産から消費までの全てを捉え、将来の食産業を担う人材を育成する

共に大学で農学を学び食品会社に勤め、現在は片や教育者・研究者、片や経営者として食産業に携わる西川正純食産業学群長とサッポロビール株式会社の髙島英也代表取締役社長(対談時)。現場に出て課題を見つけ解決策を考えていくこと。生産から加工、流通を経て消費者の手に届くまでの全ての工程を一体的に捉えること。少子高齢化の中で起きている社会課題への認識と取り組み。多くの点で共通項が見られる対談から、東日本大震災、新型コロナウイルス禍を経てニューノーマル時代に突入したこれからの食産業の担い手と、その人材を育成する大学に求められることが浮かび上がる。

地域に出て現場を知り「食産業」全体を理解する

西川 東日本大震災の際、サッポロビールから供給していただいた飲料や食料を宮城大学の教員も一緒になって気仙沼の大島に運んだことを覚えています。その後も継続して宮城にはかなりのご支援をいただいて、現在は農業関係などにも支援の幅を広げておられますね。

髙島 そうですね。私どもの創業地は北海道の札幌で、当時人口が300人もいないようなところで「開拓使麦酒(ビール)醸造所」として1876年に創業しました。それにはどういう意味があったかというと、北海道の農業振興。寒冷地でも栽培していけるビール大麦とホップがあるので、その農作物に付加価値を付けていこう、それができるのはビールだということで醸造所をつくったわけです。同時に札幌農学校も開校して、ビール大麦、ホップの品種改良を進めてまいりました。そういう地域おこしが会社のルーツになっているので、今でも原料を大事にし、その生産者を大事にしているんです。私たちの社員で今13名くらい「フィールドマン」という人がいまして、日本国内だけではなく世界各国を飛び回って、作付けをしてその生産性や品質のチェックをやっています。ですから、東日本大震災が起きた後もやっぱり現場に、現地に行って一緒に考えることが私たちの復興支援のベースでした。継続が大事だと思っていますので、宮城や岩手、福島それぞれの現場に出向くことをずっと続けてきて、その意味ではもう社員全員がフィールドマンと言えます。

西川 その点はわれわれも共通していて、大学に入ってくる新入生はまだまだ社会や地域を知らない学生が多いですから、まず地域を知ってもらいたいと、必ずフィールドワークという講義で地域に出ていくんですね。そこでいろんな課題を見つけた上で、いずれは解決の提案をするのですが、それを4年間考えていく中で自分としてはどういうふうにやっていけばいいんだろうかという道筋をつくってもらうための講義でもあるんです。座学だけでなく地域に出て、フィールドを知り、住民の方といろんな話をする。これが非常に大事で、そこは継続していかないといけないと思っています。

髙島 本当にそうですね。いろんな活動を通して体を動かして自分で感じるということが積み重なってきて、だんだん人の本質、社会の本質が見えてくるのだと思います。そして何をするにもやっぱり「人」。宮城、岩手、福島に行っていろんな人たちと出会っていますが、特にこれからの若い人たちをどうやって応援していくかが大事だなと感じています。

西川 大学としてはそういう人材を育成しないといけないと考えています。

西川 われわれの学群では、生産して加工して、付加価値を付けて流通してお客さまに届ける、そこまでの全てを学ぶことを一つの理念にしています。「食産業」という全般を捉えることにしていまして、それを全て学ぶことで社会に出たときに自分はどういう活躍の場があるかを見つけやすくなるだろうし、課題を解決しやすくなるだろうと思って教育しているんです。

髙島 大変素晴らしい理念ですね。全くその通りだと思います。私たちは設立以来のものづくりへの思いや信念を忘れず将来へ伝え、お客さまにとって新しい楽しさや豊かさを発見していただくことにまい進しようじゃないかと話していますが、そのときの「ものづくり」はクリエーションとマニュファクチャーがあります。アイデアが湧いてマーケティングプランができて商品開発、研究開発を行うところからスタートして、その後生産現場に下りていきますが、そこでものづくりは終わらないんですね。お届けして手に取っていただいて、その商品やサービスを体験していただいて、「ああおいしい」と言っていただけるように、「もう1回あそこの商品を買ってみたいな」と言ってもらえるようにそのサイクルを何回も回すことがものづくりなんです。であれば、ものづくりに携わっている私たちは全プロセスを視野に入れようよと。俺は工場で仕事をしているんだから工場でつくっているだけでいいや、ではなく、お客さまがどんな笑顔になっているのか、エンドユーザーの生活の質を上げることに自分たちの商品がどう貢献したのかに責任を持っていこうと。全部のサイクルに興味を持ってワンチームで、気持ち一つでいこうと話をしています。

西川 私も前職は食品企業の会社員で研究所にいて、その後営業をやりましたが、営業の人はいいものをつくらないから売れないんだと言い、つくっている側は営業の売り方が悪いんだと言う。だいたいそこでけんかになるんだけど、そうじゃないだろうと。一番お客さんに近い位置にいるのは営業の方で、ものを売るだけではなくお客さんからの情報が一番集まる場所でもあるわけですね。そこで吸い上げた情報をきっちりと生産側に伝えないといけないし、生産者は商品の何が本当にいいのかをちゃんと営業を通じて教えないといけない。そういう両方の交流、情報の交換、共有化が大事だと思っていて、まさにそういう理念を持った大学が宮城大学でした。ですので、社長のおっしゃったことはこれから企業が生きていく上で大事なことであると同時に、そういった人材を供給するわれわれの立場としても大事だと思っています。

生産者と消費者の声を基に技術活用し社会課題を解決

髙島 それをサステナブルに回していくためには最終的にはそろばん勘定も重要なんですね。そこも含めて全プロセスを視野に入れていく。その1個の商品は一体いくらで売れるんだろう、そこから上がる利益はいくらだろう、その利益を極大化するにはどうしたらいいだろう、そのためにどういうトークがお客さまの心を動かすんだろう。そういうところまで学生時代に現場、現物を眺めながらフィールドワークできれば最高だと思います。

西川 今いろんな地元の企業とプロジェクトを組んでいまして、その中で商品を開発していくんですけれども、必ずユーザーの方々の意見を聞き、消費者の方々の声を取り込んでつくり上げるということを意識してやってもらっています。

髙島 いいですね。そろばん勘定の話をしましたけれども、最初に利益を考えちゃうとそれはそれでうまくいかないんです。どうやって一人ひとりの心を動かすかに全プロセスで集中していければ、結果的に利益は付いてくる。そういうことまで学生の頃に体験できるのは本当にうらやましい。

西川 食産業全体の中で言うともう一つ、生産者がいて加工流通があるんですけれども、どうしても生産者の方々に社会の中ではいろんな要望がいってしまい、ひずみが出てきてしまっています。生産者も加工屋さんも流通屋さんも全て利益が出ないといけないわけで、それぞれがウィンウィンになることも意識してほしいんですね。安ければ売れるという時代が一時期あり、そのしわ寄せが上流の方にいってしまっていたので、何とかそれも解決したいと思っています。

髙島 そのあたりの話をするときに例として上がってくるのが、物流ですね。今、運転手さんが足りない状況にあって、われわれはいかに工場で積み込みの仕事を楽に、しかも短時間でやってもらうかということをITも活用しながら年々進化させています。そういったことも自分たちの責任なのであって、誰かに運んでもらえればいいやという発想は非常に危険だよと。社会課題として捉え、それを解決するために私たちがやらなければならない投資を行っています。

西川 運転手さんは荷を積むところから荷下ろしまで全てやらなければいけないのが非常に大変だと聞きますね。われわれは農業や水産業の生産加工流通のところでやっていますが、そこでは携わっている方々が高齢化を迎え、労働力が減少するという課題があります。それに対してAIやIoTを使って、省力化を含め役立てる仕組みづくりを今研究しているんです。私が専門としている水産業では、ウニの殻をむいて実を取るむき手さんが年々少なくなっています。今60代ぐらいの方が中心で、いずれはむき手さんがいなくなってしまうということで、殻むきロボットをつくっているところです。それから宮城県の場合は中山間地域で農業をされている方が多く、そこではAIやIoTを使った少しでも楽な農業のやり方、仕組みづくりを研究しています。それがいずれは宮城だけでなく東北、日本の農業、水産業に役立つだろうと考えてやっているところです。

髙島 ありがたいことです。日本の良いところをいかに持続できるかということなんだろうと、今お話を聞いていて思いました。

西川 そうですね。皆さんに地域に住んでいただかないといけない。住んでもらうためには産業もないといけない。これから高齢化を迎える中では少し楽にできるようにしないといけない。それが日本としても取り組まないといけないことだと思います。

ニューノーマル時代に対応し10年後を見据えた教育を

西川 だいぶお話を進めてまいりましたが、サッポロビールとしてこれからの10年をどういうふうに見据えているかを最後に少しお話しいただけますでしょうか。

髙島 なにせ2020年、本来であれば東京オリンピック・パラリンピックがあって、インバウンドがたくさんやってきて、活況を呈する日本になるぞと言っていたのに、今この状況ですからね。何が起きるか分からない不確実な時代だと言われていますけれども、でも冷静に考えてみると今まで起きていた流れが、ここにきて急加速したということでしかないなとも捉えています。やらなければならない課題というのは変わっていないと私たちは思っています。
10年先を考えつつ、今日のことも考えつつ、一体何が大事なんだろうかとWhyを繰り返していくと、本当に大事なのは自分たちの商品やサービスの存在意義ですね。ここをしっかりと持って、そこを軸にしていくこと。表現を変えれば、いかに経営理念を強く持ってそれを全社で全員が信じていくか。数の大小はもう関係なく、本当の意味でブランドの力をどれだけ強くできるかに注力していきたいなと思っています。大変ではありますが、変化していけるいいチャンスだと感じていますので、やりがいがありますね。

西川 たまたまコロナの影響があって、ニューノーマルといわれる時代が早く来たという捉え方ですよね。いずれはこういう時代が来るはずで、そのために企業としてできることが何かという取り組みだと。それを受けて、大学としてはこれから10年先どうするかですが、私どもは宮城県の公立大学法人ですので地域で役立つ人材を送り出すのがまず当然の話で、そうは言いましても日本は少子高齢化を迎えていてどんどん人口が減っていきます。一方で世界の人口は増えていっている。その中で産業としては日本の中だけではなく外も見ないといけないだろうということで、地域の産業で活躍する方々には世界標準の学びもしてほしいと思っています。ですので、授業の中では例えば食品の安全についても世界標準の安全性を学ぼうと。もう一つはお話ししてきたように、地域の産業を持続するために、労働力が減少する中でAI、IoTを取り入れて省力化できる仕組みづくりをすることも大事だと思います。それが農業、畜産業、水産業に役立つような研究をやっているところですね。また、高齢化が進んで平均寿命は今男性81歳、女性87歳で平均して84歳ですけれども、一方で健康寿命は70歳代。その間が要介護やその予備軍になるわけです。その健康寿命をいかに平均寿命まで伸ばせるかというところも日本全体の課題ですので、要介護の方だけでなく、その予備軍の方々に向けた食品の開発もこれからターゲットになってくるだろうと思います。それを今授業としてやっていて、10年後の食産業全体に役立つだろうと考えています。

髙島 素晴らしいですね。そういう部分の担い手になる人材は今、宮城大学にしかいないんじゃないでしょうか。

西川 「食産業」学群という名前は、当時は学部でしたが、開学当初日本でここだけだったんです。世間からはその名前についていろいろと言われたこともあったようですが、私はその理念に共感して、勤めていた会社を辞めてここにやってきました。そして今、実は各地にそういうことを標榜(ひょうぼう)する学部ができてきているんですね。ですから方向性は間違っていないだろうとわれわれは思っていますし、これをもっとブラッシュアップして、発展させていかなければいけないと意識しています。

 

インタビュー構成:菊地正宏(合同会社シンプルテキスト)
撮影:渡辺然(Strobe Light)/ディレクション:株式会社フロット


プロフィール

食産業学群長 西川 正純

東北大学農学部 卒業、大洋漁業株式会社(現、マルハニチロ)を経て、2005年4月 宮城大学食産業学部 教授、現在は食産業学群長兼食産業学研究科長を務めている。宮城県を中心とする東北地方の産業振興、地域連携を目的に、魚介類などの海洋資源から機能性食品素材の研究開発に取り組んでおり、水産物の栄養成分の分析や加工利用も対応している。震災直後から名取市の閖上赤貝の復興支援、気仙沼産サメやアカザラ貝の有効利活用、ウニ殻むきロボットの開発に取り組んでいることに加え、マダコ完全養殖の研究では、JSTの復興促進プログラム、A-STEPステージII、NexTEP-Aタイプに研究代表者として採択されるなど、水産を通じた食の発展に挑戦し続けている。

サッポロビール株式会社代表取締役社長 髙島 英也

東北大学農学部卒業後、1982年サッポロビール株式会社に入社。2017年よりサッポロビール株式会社代表取締役社長に就任。サッポロビールは開拓時代の北海道札幌市に由来する日本の大手ビールメーカーの一つ。主力商品に黒ラベルやヱビスビールを有し、宮城県名取市に仙台工場を有している。「畑からつくる、原料への徹底したこだわり」として「協働契約栽培」を実施。専門技能を持つフィールドマンが直接生産地に赴いて協働で生産する取り組みを続けている。東日本大震災に際し、物産品の消費促進、情報発信などに取り組み、次世代育成の支援を継続している。


FEATURED PROJECTS

食の生産から加工、流通の技術を学ぶとともにマーケティングやビジネスの手法を用いて詳しく学ぶ食産業学群

クローバーなどマメ科植物を餌としてウニを肥育する技術を開発

「クローバーウニの実⽤化に向けた公開セミナー」

食資源開発学類は令和4年4月から生物生産学類に

宮城の営農支援を仕事でも続けたい、研究を通して芽生えた思い。津波をかぶった田んぼを目の当たりにして何かできないかと始めた耐塩性の研究

発酵の「魔法」の力で資源を活かし、人々の食生活を豊かにしたい。魚醤の研究開発で確信した発酵の力、苦労したからこそ得られた喜びと自信

福島第一原発の事故と放射線影響~避難区域に残された動物の調査から


食産業学群

「食」を文理融合で学び、将来の食産業を支える人材を育成する

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