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23.03.21

森本教授による福島第一原発の事故と放射線影響の調査内容とコメントが、The Japan Times誌とシンガポールのThe Straits Times誌で紹介されています

食産業学群 森本 素子 教授は、動物免疫学を専門分野として、動物が細菌やウイルスなどの病原体から体を守る仕組み(=免疫)について研究しています。このたび、森本教授による「福島第一原発の事故と放射線影響~避難区域に残された動物の調査」の内容とコメントが、The Japan Times誌に「In the shadow of the Fukushima disaster, an unusual experiment in rewilding(福島原発事故の裏側で進められる自然の回帰に関する希少な調査)」として紹介されています。また、シンガポールのThe Straits Times誌に「Flourishing wildlife makes Fukushima a natural laboratory to study the impact of radiation(野生生物が繁栄する福島で、放射線による影響を調査する)」として紹介されていますのでご案内いたします。当該研究の紹介記事についても再掲します。

福島第一原発の事故と放射線影響~避難区域に残された動物の調査から /震災から10年を期に(2021年度記事再掲)


森本教授は、2011年の東日本大震災を機に「動物に対する放射線影響」について調査・研究に取り組みはじめました。今回、森本教授に、当時から現在まで続く取り組みについて振り返っていただきました。

--動物の放射線影響調査に取り組み始めたきっかけについて教えてください

東日本大震災における福島第一原発事故により、近隣の区域には避難指示が出され、いくつかの地域では現在も居住制限がかかっていますよね。人々は避難しましたが、当時、これらの避難区域には多くの家畜が取り残されていました。

政府はこれらの家畜に対し全頭処分を決定していましたが、私は「被ばくによって動物体内に何らかの変化があったのではないか?」「処分されるのを見過ごさず動物の体の変化を解析し、放射線影響の科学的な知見を得られれば将来に活かせるのでは?」と考え、東北大学を中心とした家畜の調査のグループに加わりました。グループの中では、私は主にブタの消化管やリンパ節に関する調査を行っていました。

ここから先は許可がなければ入れない

豚舎から放たれて自由に暮らすブタ

--今回の調査で、特にブタの“消化管”へ注目した理由はなんですか。この取り組みを行っていく中で、苦労された点などはありますか

ブタの免疫系は、我々ヒトの免疫系と似ていることが知られています。ブタに放射線の影響があれば、ヒトにも同様の影響が生じる可能性があるということです。もし、ブタが線量の高い土や昆虫・木の実などを口にしているのであれば、もっとも影響を受けるのは“消化管”です。そこで私は、ブタが安楽殺される際に、消化管やリンパ節を調査材料として採取し、遺伝子解析や病理解析によって免疫系への放射線の影響を調べようと考えました。

当時は道路も復旧していないので、朝5時頃集合して出かけ、現地まで約3時間かけて車で移動していました。また、特別な許可を得て放射線量の高い地域に入るので、長い時間は滞在できません。短時間で作業を終わらせることに苦労しました。もっとも、一番困ったのはトイレです。震災後、どなたも経験されたことですが、電気と水のありがたさが身に沁みましたね。

防護服を着て現地に入る森本先生
※2012年2月8日撮影

原発近くの堤防は津波で破壊されていた

--一般的に、放射線は生物の免疫系にどのような影響を及ぼすといわれていますか

そうですね、放射性物質は、一定の確率で原子核崩壊を起こし、外部へ放射線を放出します。この放射線は生体へ様々な影響を与えますが、主に①直接作用と②間接作用について紹介します。

①直接作用:遺伝子であるDNAが傷つき、細胞に異常をきたし、がんが起こる。

私たちの細胞は、通常の日常生活をする中でもDNAに傷を負うことがありますが、細胞はそれを修復するシステムを持っています。しかし、一度に大量の放射線を浴びた場合、DNAの修復が間に合わなくなり、細胞に異常をきたす場合があります。このような細胞が身体の中にあると、がん細胞となって増殖する可能性があります。被ばくによるがんの発生が心配されるのはこういった理由があります。

②間接作用:「活性酸素」が増加し「酸化ストレス」を生じる。

生物は、体内に酸素を取り込みますが、一部の酸素は「活性酸素」という物質に変わります。この「活性酸素」は、放射線の被ばくによっても増加するといわれていて、体内の他の物質に結び付く力が強く、DNAやタンパク質なども傷つけてしまいます。このような、体内の活性酸素が自分自身を酸化させようとする力を「酸化ストレス」といい、がんや生活習慣病、免疫関連疾患、老化の原因となることが知られています。

--今回の調査で、森本先生は具体的にどのような分析を行いましたか

放射線の直接作用でDNAが傷つくと、細胞分裂における細胞周期の停止や遅延が起こる場合があります。今回の調査では、被ばくしたブタの消化管を扱っていますね。小腸は体の中でも細胞分裂のさかんな臓器であり、放射線の影響を受けやすいということがわかっています。

私は、放射線の直接作用と間接作用の影響を調べるため「被ばくしたブタの小腸には、酸化ストレスによる炎症応答が起こっているのではないか」と仮説を立てました。炎症応答とは、外傷や異物の侵入、微生物感染などの刺激を受けて起こる反応で、慢性化すると様々な疾病に結び付くので問題になります。避難区域で生活していたブタの小腸における遺伝子発現を網羅的に分析した結果、やはり炎症に関わる遺伝子に変化があることがわかりました。

--分析結果:炎症に関わる遺伝子の変化で、特に注目したポイントはありますか

いろいろな遺伝子を網羅的に解析しましたが、その中でも私が特に注目したのは①「TLR3」と②「インターフェロン(IFN)-γ」という遺伝子の発現量の変化です。

IFN-γの遺伝子発現量とセシウム線量の相関
(BMC veterinary research, Fig.3)

①TLR3:Toll-like receptor 3(Toll様受容体-3)
自然免疫に重要なパターン認識受容体として知られていますが、生体防御応答として炎症を誘導します。また、TLR3は放射線に対する感受性に関わる遺伝子であることも報告されています。

②インターフェロン(IFN)-γ
炎症時にリンパ球が産生する生理活性物質で、感染や、腫瘍に重要な役割を果たし、病原体やがん細胞を取り除くために働きます。

今回の調査の結果、福島の避難区域に生活していたブタは、このTLR3と IFN-γ遺伝子の発現が有意に高いこと、ブタの骨格筋に蓄積された放射性セシウム濃度とIFN-γ遺伝子の発現量には有意な相関があることがわかりました。

--ブタの小腸の炎症に関わる遺伝子TLR3・IFN-γの発現が高い、これは何を示唆しますか

TLR3の発現が高いことは、結果として「放射線に対する感受性が高まっている状態」であると判断できます。また、IFN-γはがん免疫に関わるサイトカインであるため、がん化しようとする細胞を攻撃するために発現が増加している可能性も考えられました。しかし、豚の解剖所見、病理学的検査、血液検査の結果には大きな異常は認められませんでした。

つまり、「ブタの体は放射線の影響を受けてはいるが、それは病的な結果を生み出すほどではなく、きちんと生体の機能が働いて健康が維持できている」ということではないか、と考察しました。こう聞くと、漠然とした被害状況のイメージが、少しクリアに感じられませんか?

私たちは、日常生活の中で放射線の影響を避けることはできません。私たちは日常生活の中でも放射線の影響を受けています。放射線が生体にどのような影響を及ぼすのか、あるいは及ぼさないのかという正しい知識は、放射線に対する「わからない」「知らない」怖さを払拭してくれるでしょう。さらに、地球上のどこかで再び原発事故があれば、健康被害について大きな懸念を生じるでしょうが、その時、正しい判断ができるかどうかは、今回の調査を含む放射線影響の研究にかかっていると思います。

調査結果の詳細はBMC Veterinary ResearchとSpringerから発行した書籍“Low-dose radiation effects on animals and ecosystems : long-term study on the Fukushima Nuclear Accident”に報告しています。

--森本先生の、今後の抱負を教えてください。

震災から10年を迎えました。福島第一原発事故による放射線の影響はどのように変化しているでしょうか。原発事故の影響は、長期にわたって調査していく必要があります。わたしは、2020年9月に、元避難区域に生息するイノシシの調査を始めました。今後は、遺伝子発現の解析や病理学的検査を行って現状を把握したいと考えています。

研究者プロフィール

病原体から体を守る仕組みが免疫です。病原体にはウイルス、細菌、真菌、寄生虫などがあり、それぞれ異なる反応が起こります。細菌やウイルスのように細胞の中に感染するタイプの病原体が進入すると1型免疫応答が、線虫のように細胞の外に感染するタイプの病原体が進入すると2型の免疫応答が起こります。当研究室では、主に、2型免疫応答の作用機序について研究を進めています。

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