対談:AIが高度に発展した時代に情報通信の研究者がすべきこと

それぞれ民間企業を経て文理融合型の大学で片やプログラミング、片や情報通信を専門とする本学須栗裕樹教授と東京理科大能上慎也教授。現実世界の諸問題をモデル化し、情報システムにより解決、あるいは制御できるかに挑んでいる。高速に大量のトライ&エラーを繰り返すAIが片っ端から最適解を示してみせる一方で、研究者しかできないことを模索する2人。互いの関心事がクロスする領域で生まれる新たな可能性を感じる対談となった。

※本講義はリモートで開催されました。

須栗 私はもともとコンピューターメーカーに勤めていて、ハードウエアやソフトウエアの開発をしていました。その後、妻の実家に近い仙台でソフトハウスに入り、マネジメント・バイアウトという形で独立を経て、現在に至ります。

そうした経歴から、教えているのは主にプログラミングですが、プログラムに入る前段階の設計を研究のメインに据えています。情報システムを作るときは設計から製造、テストという一連の流れがあり、それをプロジェクトとしてうまくいくようにするにはどうすれば良いかというプロジェクト管理もテーマにしています。

能上 私は東京理科大に来て15年目になりますかね。その前は私も民間の通信系の研究所に22年くらいおりました。そこで通信システムやネットワーク、あるいは情報やトラフィックの効率や性能がどのくらい良いか悪いか、そういう評価に携わっておりました。

東京理科大に来てからは経営学部経営学科の情報コースで情報系、通信系、コンピューター系の科目を受け持っています。研究の方は会社や事業の効率性など経営に関する情報システムのほか、最近では教育関係でGPA(Grade Point Average)などの評価方法にも手を伸ばしております。

須栗 能上先生とお会いしたのは電子情報通信学会のSWIM(Software Interprise Modeling)研究会というところでした。実際は何でもありの研究会なんですけれども、名称からの建前で言いますと、情報システムを作るときのモデリングについての研究会です。

現実世界はものすごく複雑でして、その複雑なシステムをいきなりコンピューターで情報システムに落とし込むわけにはいかないので、一度現実世界を抽象化してモデルというものを作って、そのモデルにおいて何をどうすればいいのかを考えるわけですね。ざっくりとそのことをモデリングと言います。

須栗 今回能上先生に対談をお願いした理由として、2人とも企業出身だということが一つと、宮城大も東京理科大の経営学部も文理融合型というところで、少なくとも私の方は苦労しながら理系の科目を教えているので、そのあたりでも共通点があるのかなと思っておりました。

能上 そうですね。うちの方でも、数学なしで入ってくる文系の学生もおりますし、逆に数学と英語だけで入ってくる理系の学生もいて、すごく幅が広いんです。3割くらいが理系寄り、7割ほどが文系寄りなので、プログラミングを教えるにしても受け取り方が違います。

プログラミングというのは基本事項を抑えて、それをどうやって構築していくかというクリエイティブなことだと捉えていますけれども、文系の学生さんはプログラムそのものを丸暗記しようとする傾向も見られます。理系の学生さんとは学習の仕方が違うのかなとも感じていて、どのような教え方をしたら文系、理系の学生に共通して理解してもらえるか、工夫が必要なところですね。

須栗 なるほど。宮城大の場合は学類で分かれているので、文系の学生にプログラミングを教えることはないんですね。ただ、私がいる事業構想学群の価値創造デザイン学類というところにも、グラフィックデザイン、メディアのデザイン、情報システムのデザイン、建築のデザインと、それぞれ違うことをやりたい学生がいて、その中でプログラミングを教えるというところで苦労しています。

大風呂敷を広げてしまうような話になるんですが、技術に特化するということではなくて、それを運用していかに現実世界の役に立つかということが、特にこの宮城大においては求められているんじゃないかなと思います。

もともと私自身ベタなエンジニアで、データベースの設計をしたりネットワークを組んだりシステムの構成を考えたりしていました。その経験に基づいて学生に伝えられるものは何だろうかと考えると、世の中の問題をどういうふうに抽象化して、まさにモデルを作って検討して、それを情報システムとして実装するという、その一連の流れを伝えたいなと思っているところです。

能上 私は博士論文が「待ち行列」というものでした。いろいろな事象が確率的にランダムに変動することで、日常の中でも不都合が起こったり、待ち時間が急に延びたり、偶然が重なって人間が不快と感じるような状況に陥ったりすることがあります。それをうまく解決する手法がないかとか、どうすればそのシステムがもう少し便利に使えるようになるかとか、確率的な変動に対してどう対処したらいいかが芯のところの問題意識として常にあります。

例えば株価も不規則に変動し、会社の業績もいろいろな影響を受けて上がったり下がったりします。それに対して、時間的に推移がどうなっているからどうしたらいいとか、そういう制御的な観点で、どこまで人間の制御の力が及ぶんだろうかということが最大の関心事です。それは多分、今後も変わらないんじゃないかなと思います。

須栗 もともと通信のバックグラウンドをお持ちで、確率過程をコアにしていろんなところに伸びていったというところでしょうか。

能上 そうですね。確率過程、それから情報の流れの量をトラフィックと言っていますけども、そのトラフィックがどう変動するか。そこらへんに敏感に反応してしまう感じです。

鹿野(本学鹿野護教授) トラフィックというのは、データの通信が集中しすぎてパンクしてしまうから分散するとか、そういう話と考えてもよろしいでしょうか。

能上 はい。電話でしたらどの時点で何人が電話をかけてくるかという要求が電話局に上がってくるんですけど、それが時間とともに増えたり減ったりと不規則に変動するんですね。それをさばく交換機が電話局の中にあって、どこにつないであげるか。あとはダイヤル、いわゆる信号をさばく方はどれくらいの容量を持たせて、どういうふうに処理すればいいか。そのトラフィックと通信との関係、接点のあたりを研究しておりました。

例えば災害が起こるとその地域の電話局に全国から安否確認の電話が殺到して、交換機がパンクしてしまうということがありますね。どうやって全国から来る通信要求をさばいていくか、あるいはさばかずに拒否して、例えば100個に1個だけを通してあげるとか、そういう制御が重要になってきます。それがネットワークの通信制御、トラフィック制御です。

須栗 私の場合、博士論文はマルチエージェントシステムというものの研究でした。言われたことしかやらない従来型のコンピュータープログラムに対して、ある程度の自律的な判断、情報処理を知的に行えるソフトウエア。ざっくりとそれをエージェントと呼ぶことができると思います。

人間と会話して人間の意図をくんで処理するとか、あるいはエージェントとエージェント、そのプログラム同士で協調、あるいはけんかしながら物事を進めていく。そういう情報システムモデルです。そのエージェントを作るためには、どういうフレームワークやライブラリがあればいいか。エージェントとエージェントが会話するときには、ハイレベルなプロトコルとしてどんな通信言語を用いて、どのようなネゴシエーションを行うか。そんなことを研究していました。

また、人間と人間であれば、例えば日本語なら日本語で、世界に関する常識や現在議論している話題についての知識を前提に会話できます。じゃあエージェントで会話するときにコンピューターのソフトウエアが知識を持つにはどうすれば良いだろうかというところで、これも現在ほぼ使われていないんですけれども、ウェブのオントロジー(概念・語彙)という研究もしていました。そのウェブオントロジーを記述する言語OWL(Web Ontology Language)も扱っていました。

それがもう20年くらい前の話で、今でもそういった研究は行われていますけれども、世の中でブレイクスルーを起こすほどメジャーにはなっていないというのが現実としてあります。それはなぜかと考えると、それ以外の手段によって今の情報システムが出来上がってしまっているわけです。結局、アカデミックにそういうことをやったとしても現実の世の中では使われないというところで、エージェントの研究とウェブオントロジーの研究で挫折感を味わってしまったんですね。

鹿野 現在、コルタナやSiri、アレクサ、Googleアシスタントなどが目立って使われているようにも思われるんですが、ああいったものはエージェントとは呼べないんでしょうか。

須栗 人間とインタラクションして、人間の意図をその背後の情報システムに伝えるインターフェース役ですから、それはエージェントと呼んでいいと思います。そのユーザーインターフェースエージェントの背後で、人間と会話しないエージェント同士で話をしながら協調動作をして、あるいはけんかしながら問題解決をしているときに、どういう言語が使われて、どんなプロトコルでネゴシエーションが行われて、どのような知識体系を持っているかというところを研究していたんですね。

しかし、そういうものがないとしても、人間の音声をディープラーニングで解析して、そこから適当な単語を選んで、あとは人海戦術ではないですが物量攻撃でデータベースに大量のサーチをかませて結果を持ってくるということができるようになってしまったんです。

能上 私も以前少しだけマルチエージェントの研究を行ったことがあります。例えばテーマパークの中を観客がエージェントとなって自由にそれぞれの情報を持って、どこが混んでいるとか混んでいないとか、どういう順番で回ったらいいかというのをシミュレーションしてみましたが、なかなか難しかったですね。とても須栗先生のようなところまではいかなかったですけれども、非常に奥が深いと感じました。

それもAIで学習させるとできそうですよね。そういう意味ではAIが高度に発展すると、かなり多くの研究はAIに任せれば何となく答えが出てしまうのかなと思うこともあります。それでもやっぱり研究者が研究しなければいけない領域もあると思いますが、じゃあ何ができるんだろうか、AIで解決できない研究テーマはどこだろうかというのが日頃考えていることです。

須栗 問題解決の方法は一つではない、というところでしょう。だから行列演算に還元できるものは力ずくでやってしまえばいい。そうじゃないところをどうやるかですね。

能上 そうですね。

須栗 人工知能やディープラーニング、機械学習でこれだけいろいろなことができるようになってきて、便利に使えるライブラリはたくさんあって、例えば学生が修論レベルで使おうと思えばコンタクトできるわけです。ところがそのライブラリの裏側がどうなっているのかというのをやろうとすると、途端に難しくなってしまう。もちろん誰かが作っているわけなので、今後はそこに食い込むような研究ができないかなと思っています。

それとは逆の方向で、そのライブラリは誰かがもう作ってくれるし、計算は大量のGPUやクラウドのサーバーでやってくれるので、それを使っていかに現実の世の中に役立つアイデアを出せるか。その両方向が当面の課題かなと思っています。

能上 私の方は、やはり確率的変動に関係するテーマを続けていきたいと思いますけれども、もう一つは情報の可視化ですね。例えばいろんな地域で毎日コンビニの売り上げがPOSデータのような複雑なデータでたくさん上がってきたときに、その時系列的な変化をどういうふうに見えるようにしたら情報を効率良く与えられるか。そういう情報の可視化にもちょっと力を入れています。

あとはやはり経営に関係するもので、企業の売り上げや利益がどう変化するか、働き方改革やフレックスタイムがどういう影響を与えるのか。そういう経営の観点にも関係するような研究は続けていきたいなと思っております。

須栗 せっかくこういう機会でまたお近づきになれたので、何か一緒に取り組めたらいいですね。

能上 領域がクロスするところで情報交換をしたり、ゼミを共同で開いたり、いろいろな形があると思いますので、ぜひそういう機会があればうれしいです。

構成:菊地正宏(合同会社シンプルテキスト)/撮影:株式会社フロット


プロフィール

宮城大学大学院 事業構想学研究科 教授 須栗 裕樹

2004年3月 岩手県立大学大学院ソフトウェア情報学研究科博士後期課程修了 博士 (ソフトウェア情報学)、情報システムの設計、構築、試験、運用、技術翻訳を専門分野とし、情報システムを設計、開発、試験、運用するための研究活動を行っている。1986年日本・データゼネラル株式会社入社 ハードウェアエンジニア、1988年米国Data General Corporation出向 ソフトウェアエンジニア、1992年株式会社コムテック入社 技術開発部 部長、2000年株式会社コムテックを買収し株式会社コミュニケーションテクノロジーズを共同設立 常務取締役、2008年5月 同社退職、その後伊東国際特許事務所などを経て、2009年4月より現職。

非常勤講師 東京理科大学 教授 能上 慎也

東北大学 工学研究科 電気及び通信工学専攻 博士課程修了。経営データ分析、トラヒック制御、性能評価を研究分野として、主に次の3点を研究テーマとしている。①企業間提携における適合性の検証:企業間提携の成功/失敗は何の要因で決まるのかを、各企業の財務データをもとにした指標をいくつか定義し、それらと過去の提携に関する成功/失敗との関連性について定量的に分析する。②企業の短期的成長分析。③学生の成績変動とGPA、入試形態に関する分析:学生の成績と入試形態、成績の学年変動、文系理系傾向などの間にはどのような関係性にあるのかを明らかにするとともに、それを定員数入学試験の傾向に応用できるようにする。


MYU Dialog

宮城大学大学院事業構想学研究科の情報デザイン領域では、学外からゲストを招いた特別講義を開講しています。これは専任教員と非常勤講師の専門性を重ね合わせることで生まれる知見を学ぶ機会をつくるとともに、今後の教育・研究や社会活動に接続することを目的としています。


事業構想学研究科について

事業構想学研究科は、全領域で地域現場と密着した実践教育を行うとともに、研究者志望の者には特に研究能力の養成を重視します。専門領域として以下の領域を設置しています。
・博士前期課程:ビジネスマネジメント領域/空間デザイン領域/ビジネスプランニング領域/情報デザイン領域
・博士後期課程:産業・事業システム領域/地域・社会システム領域
また、学卒者・修了者と社会人の両方を対象にした高度な専門職の教育を行っていますので、社会人在学生の割合が高いことが特徴です。社会人の方への配慮として社会人特別選抜や長期履修制度が用意されています。最新の募集要項は以下のリンクに掲載しています。

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