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24.06.04

【前編】グッドデザインレクチャーvol.6「パナソニックのくらしプロダクトイノベーション」/デザインスタディセンター

地域に開かれた大学を目指し、学外のさまざまな方と交流しながらデザインを通して地域の課題に取り組む宮城大学デザインスタディセンターが年1回、外部にも開いて行っているグッドデザインレクチャー。第6回となる今回は、2023年度グッドデザイン賞に23商品が選ばれたパナソニック株式会社で生活家電の開発・製造を手がけるくらしアプライアンス社の松本優子さん、吉田尚史さんを招き、商品の開発ストーリーを伺いました。

グッドデザイン賞の変遷に見る領域の拡張と価値観の変化

初めは公益財団法人日本デザイン振興会の矢島進二さんが、グッドデザイン賞の概要と歴史について映像を交えて紹介。賞の対象が年々広がっていることについて、矢島さんは「デザインの領域が広くなり過ぎていることには賛否両論はありますが、私たちはデザインそのものをプロモーションする機関として、領域の拡張も一つの仕事と考えています」と話します。

2023年の応募数は5447、受賞数は1548、受賞率は28%という狭き門でした。その中でも高い評価を受けた「グッドデザイン・ベスト100」から、いくつかの商品やサービスが紹介され、「ベスト100を見ただけでも今のデザインの幅や領域がうかがえます」と矢島さん。

社会や人々の価値観の変化として、「拡大・成長→持続可能」「生産と消費→共有と循環」「集中管理→自立分散」「都市→地域」「公共→準公共」「課題解決→課題発見」「光り輝く未来→輝かしい未来」「お金→信用・つながり」「利己→利他」「豊かさ→ウェルビーイング」という10の視点を挙げ、各受賞作との関連性を説明しました。

「Future Craft」を掲げて取り組む未来思考での事業構想

続いて松本さんが、くらしアプライアンス社について紹介。くらしアプライアンス社は食、美容・健康、清潔といった生活家電の領域で商品・サービスを通じて健やかな暮らし、ウェルビーイングを提供することを目的とし、そのプロダクトデザインを担当しています。

「単に形をデザインするだけでなく、先端のテクノロジーをいかに商品にパッケージングするか、設計の条件やコスト、製造、売り方、マーケティングなどのあらゆる要素を踏まえた上で検討を進めて、最終的にお客さまの感性に突き刺さる造形に仕上げていく。それがプロダクトデザインの役割です」と松本さん。

パナソニックのデザインの歴史を振り返ると、前身である松下電器産業株式会社時代の1951年、創業者の松下幸之助氏が北米を視察してデザインの時代が来ることを予見し、帰国後に社内にデザイン部門を設立。日本で最も歴史が古いインハウスデザイン部門といわれています。

長い歴史の中、時代に合わせた独走的なアイデアとデザインを発信して暮らしの豊かさを提供してきたパナソニックのDNAを引き継ぎつつ、現在大きなフィロソフィーとして掲げているのは「Future Craft」。「未来を丁寧に創りつづける」ことを中心に据え、「人を察する」「時に順応する」「場に馴染(なじ)む」という3つの観点で思考しています。

昨今では、「本質価値を魅せる」ことも重視。「これまでのように機能や要素を足していくのではなくて、引き算で本質の価値を残しながら機能を際立たせて、独自性のある形にしていく。これをわれわれは『アイコン化』と呼んでいて、パナソニックらしさの追求に向けてさまざまなデザインアプローチで統一したアイコンをつくっていくことを進めています」

もう一つの大きな視点が「未来思考での事業構想」。現在の商品を考える際に近視眼的な発想にならず、視座を上げて事業横断的な視点を持ち、社会課題、社会的意義を長期的に考え、俯瞰(ふかん)して事業領域を広げているといいます。

40年を経て商品化にこぎ着けた自動炊飯器に秘められた苦労

具体的な製品の開発ストーリーに移ります。吉田さんはグッドデザイン賞を受賞した自動計量IH炊飯器「SR-AX1」の開発に携わりました。自動計量炊飯機の開発は1980年ごろから始まっています。米や水の計量、洗米、水位合わせなどの作業を自動化で解消すべく開発、試作、検討を繰り返し、40年の時を経て2022年、ついに商品化にこぎ着けました。

ドラム洗濯機やロボット掃除機といった白物家電は省力化、自動化が進んでいる分野ですが、一方で「省力化が本当に正しいのか」「開発者のエゴになっているのではないか」という自問自答が商品化に至るまでにはあったといいます。

40年間の研究で自動化の技術がある程度確立している中、「本当にお客さまに刺さる自動化は何か」を突き詰めて検討。メーカー側の思い、消費者のニーズ、予想されるシーンを組み合わせ検討した末、「全自動」ではなく「遠隔炊飯」「自動計量」にポイントを絞り、自動計量炊飯器が生み出す3つの世界観を描きました。

一つは「失敗しない安心感」。誰がやってもしっかり計量されるので、いつも同じ仕上がりになります。2つ目は「時間の自由度」。遠隔で操作できれば、洗米して準備しなければいけない煩わしさから解放されます。最後は「社会貢献」。無洗米を使うことをポイントにしました。米を洗う時には水を大量に使うだけでなく、とぎ汁が赤潮の原因にもなるため、無洗米を使うことイコール環境への配慮があるという点に目を付け、SDGsにもつながると考えました。

さらに、ターゲットになり得る層に刺さるように、「引き算」の商品開発を一つのテーマにしました。人口減少に伴い世帯構成が単身や夫婦2人、加えて子ども1人の家族が圧倒的に多い現状を考えると、これまで標準だった5.5合炊きから、あえて小さくするのが切り口になると考えました。2合といっても茶わん4杯分あり、想定している層には十分な量。一度の食事で食べ切れる量でもあることから、保温機能をカットし、それに伴う機構と部品を減らすことができました。

Panasonic 自動計量IH炊飯器 SR-AX1

デザインにおいては、ご飯に関わる道具にふさわしい佇まいとして、おひつのような存在をイメージしました。家電思考から道具試行への回帰として操作部も簡略化しようと、コースや予約の設定のための液晶をなくしてまた部品を減らし、その機能はスマホでの操作に任せることにしました。

「毎日のようにコースを変える人、予約時間を変える人はいませんよね。ほとんどがスタートボタンしか押してないと思います。だったら本体にボタンはいらないじゃないかと。徹底的に最小限にして、かつそれを分かりやすくしました」。米の量を若い世代になじみのない1合、2合ではなく、茶わん1杯、2杯という単位にしました。これもアプリでさらに細かく設定できるようにしています。

外観は、おひつをモチーフとした垂直のボディーが特徴ですが、射出整形する際は微妙な勾配がないと金型を抜くことができないため、量産商品ではわずかにバケツのような傾斜が付いてしまいます。今回、垂直を実現するために、実は内部の見えないところで大きな苦労がありました。ほかにも、例えば米びつのふたは指先で持ち上げやすいように、コンマ数ミリまで綿密に計算した上で設計されています。

その緻密な計算と試行錯誤の末に実現した取り扱いやすさが、一般の消費者に気付かることはほとんどないでしょう。「でも、気付かれないのが大好きなんです」と吉田さん。漫画・アニメ「攻殻機動隊」で語られる「原理は単純を、構造は複雑を極め、人は最も人らしく」という言葉を引き合いに、「結果はシンプルだけど、中身はあらゆる技術を駆使して作られていて、それが全然知られなくてもいい。使う人は、ただただ使いやすいなと感じていただければ」。

そこにどれほどの苦労が積み重ねてあるか悟られることなく、消費者が日々当たり前に使って無意識に心地よさを感じてくれる。暮らしの中にある家電であればなおさら、それがデザイナー冥利(みょうり)に尽きることかもしれません。

ゲストプロフィール

パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社
くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンター
シニアデザイナー 松本 優子 氏

大阪府大阪市出身。
金沢美術工芸大学の製品デザイン専攻を卒業し、2017年にパナソニック株式会社に入社。以来6年間キッチン家電のプロダクトデザインを担当。昨年9月に発売されたパナソニック最上位炊飯器「ビストロ 」Vシリーズをはじめ、オーブンレンジ、トースター、ハンドブレンダー、IHクッキングヒーターなどを手掛ける。
2020年よりパーソナル食洗機SOLOTAのプロジェクトに参画し、約2年半の開発期間を経て商品化へと着地させた。

パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社
くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンター
シニアデザイナー 吉田 尚史 氏

1967年岩手県生まれ。京都工芸繊維大学意匠工芸学科卒業。1991年松下電器産業(現パナソニック)株式会社にプロダクトデザイナーとして入社。洗濯機担当後、炊飯器を7年にわたり担当。IH炊飯器をデザインしつつ、当時時代遅れと判断され生産終了になりかけていた昔ながらのガチャメカ炊飯器に着目。現在もふくめ20年以上継続生産されることになるミニクッカーとして復活させた。その後エアコン、掃除機と家事関係のデザインを担当。2015年に改めて調理器担当として調理小物、炊飯器や電子レンジを担当し、2023年よりビルトイン課に移動となり、冷蔵庫やビルトインIHなどを主に担当している。

公益財団法人日本デザイン振興会
常務理事 矢島 進二 氏

1991年に現職の財団に転職後、グッドデザイン賞をはじめ、東京ミッドタウン・デザインハブ、東京ビジネスデザインアワード、地域デザイン支援など多数のデザインプロモーション業務を担当。
武蔵野美術大学、東京都立大学大学院、九州大学大学院、東海大学で非常勤講師。毎日デザイン賞調査委員。マガジンハウス『コロカル』で「準公共」を、月刊誌『事業構想』で地域デザインやビジネスデザインを、月刊誌『先端教育』で教育をテーマに連載を執筆。『自遊人』ではソーシャルデザインについて46,000字を寄稿。
2023年4月に大阪中之島美術館で開催した展覧会「デザインに恋したアート♡アートに嫉妬したデザイン」の原案・共同企画。

グッドデザインレクチャーとは

グッドデザインレクチャーは、グッドデザイン賞の受賞者が、受講者と直接対話をしながら未来の社会を考える実践的なデザインレクチャーです。宮城大学デザインスタディセンターが主催となり、グッドデザイン賞を手がける公益財団法人日本デザイン振興会の協力の下、価値創造デザイン学類にとどまらず、全学的な「デザイン思考」の一端として行っております。

グッドデザインレクチャーVol.1 レポート
グッドデザインレクチャーvol.2 レポート
グッドデザインレクチャーvol.3 レポート

グッドデザイン賞は、1957年に創設された日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨の仕組みです。デザインを通じて産業や生活文化を高める運動として、国内外の多くの企業やデザイナーが参加しています。これまで受賞件数50,000件以上に上り、受賞のシンボルである「Gマーク」は、よいデザインを示すシンボルマークとして広く親しまれています。製品、建築、ソフトウェア、システム、サービスなど、私たちを取りまくさまざまなものごとに贈られます。かたちのある無しにかかわらず、人が何らかの理想や目的を果たすために築いたものごとをデザインととらえ、その質を評価・顕彰しています。

宮城大学デザインスタディセンター

デザインを通して、新しい価値をどう生み出していくか。日々変化する社会環境を観察し、多様な課題を解決へと導く論理的思考力と表現力、“デザイン思考” は、宮城大学で学ぶ全ての学生に必要とされる考え方です。ビジネスにおける事業のデザイン、社会のデザイン、生活に関わるデザインなど 3学群を挙げてこれらを担う人材を育成するため、その象徴として 2020 年にデザイン研究棟が完成、学群を超えた知の接続/地域社会との継続的な共創/学外の先進的な知見の獲得を目指して、企業との共同プロジェクトや、デザイン教育・研究を展開する「デザインスタディセンター」として、宮城大学は東北の新たなデザインの拠点をつくります。


MYU NEWS #03

宮城大学デザインスタディセンターでは、2021年の開設以来、学群の枠を超えた知の接続/地域社会との継続的な共創/学外の先進的な知見の獲得を目指し、東北の新たなデザインの拠点として、さまざまな実験的なプロジェクトが展開されています。


MYU Design Study Center STUDIO REPORT 2022

宮城大学デザインスタディセンターの2022年度の活動をまとめた冊子です。2022年度は、宮城大学全体の教育方針に含まれる「デザイン思考」、大学のもつ3学群の「知の接続」、開かれた共創の場を目指した「地域社会との連携」をテーマに計画された3つのスタジオを開講しました。

  • STUDIO 1『(ロゴ)デザインのプロセス』:スタイリングと誤解されがちなグラフィックデザインの役割をとらえ直し、コミュニケーションツールとして用いるためのデザインプロセスを体験。
  • STUDIO 2『肉の未来』:肉という生活に密着したテーマがもつ現代的な問題の広がりに触れ,デザインの視点から私たちがとるべきアクションを模索しました。
  • STUDIO 3『地域文化の再構築と発信』:近年注目が高まる一方で多様な課題を抱える地域文化の情報発信を、編集の視点から考えました。いずれのスタジオでも社会の第一線で活躍する実務家をゲストに招き、レクチャーとフィールドリサーチを含む実践的なプログラムを体験することで、発展的な学びを学内外の参加者で共有することができました。

MYU Design Study Center STUDIO REPORT 2023-2024

宮城大学デザインスタディセンターの2023年度の活動をまとめた冊子です。2023年度は、DSCとアルプスアルパイン株式会社の共同研究の一環として企画・開発されたスタジオワークショップと、DSCの過去3年間の活動を総括する展示・シンポジウムを実施しました。

  • STUDIO 未来とともにある「テマヒマ」の暮らし:スタジオワークショップのテーマは「手を動かすこと」。イノベーションのトッププレーヤーのファシリテーションのもと、文化人類学(伝統)やテクノロジー・アート(現代)の専門家によるゲストトーク、地域の先進的な思想を訪ねるフィールドワークを交え、デザインの視点から未来の社会に向けてアクションを起こす姿勢を学びました。
  • EXHIBITION / SYMPOSIUM「デザインで東北から未来を想像する」:「デザイン」をキーワードとした体験展示・アーカイブ展示と、「デザイン研究教育とオープンイノベーション」をテーマとしたシンポジウムを開催。これまでのDSCの試みから導かれた、東北におけるデザインとの向き合い方におけるヒントが示されました。

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