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23.04.01
【前編】グッドデザインレクチャーvol.5、新山直広 氏×坂本大祐 氏「おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる」/デザインスタディセンター
宮城大学デザインスタディセンターがグッドデザイン賞の受賞者を招いて年に1回行っている「グッドデザインレクチャー」。今回の講師は、福井県鯖江市を拠点にとするTSUGI llc.(合同会社ツギ)代表/クリエイティブディレクターの新山直広さんと、奈良県東吉野村を拠点とする合同会社オフィスキャンプ代表の坂本大祐さん。東京を飛び越えて地方での取り組みを地方で紹介する形となりました。地域で顔の見える関係性の中で活動する2人のお話は、地域に根差した公立大学である宮城大学にとっても大いに参考となるものでした。
地域にこそデザインが必要 「インタウンデザイナー」が国力を上げる
まずは新山さんから、鯖江に移り住んでから現在までの活動と、それによるまちの変化について語っていただきました。
大阪生まれの新山さんは大学で建築を学んでいましたが、大学4年の時にリーマンショックが起き、「これからの時代は建物を建てることよりも、まちのアクティビティーが大事になってくる」と考え、卒業と同時に2009年、鯖江に移住します。アートプロジェクトの事務局や地場産業のリサーチャー、市役所勤務を経て、TSUGIを立ち上げました。
現在12人のスタッフが所属し、グラフィックデザインを中心としながら、商品開発やブランディングを行っています。うち10人が福井県外からの移住者で、TSUGIに入りたいという連絡が全国からあるそうです。「都会ではなく地方でデザインに携わりたい人が増えているんだなと、時代の変化を実感しています」
企業に属するデザイナーを「インハウスデザイナー」と呼びますが、新山さんは「インタウンデザイナー」という言葉を提唱しています。定義は、ある特定の地域で活動し、従来のデザインの枠を超え、その土地の人、歴史、産品、自然といった地域資源を複合させて新たな価値を生み出し、地域のあるべき姿を導くプレイヤーです。
「自分が鯖江で活動していて思うのですが、地域こそデザインが必要。都会のデザイナーも大事ですが、役割としては消費地でのデザイン。地域でデザインをしていると、生産者など上流から関わっていくスキルが必要です」と新山さん。「地域にデザイナーがたくさん増えていくことで、大げさに言うと国力が上がるんじゃないかと。それをライフワークのように、草の根活動で広げていければと考えています」
鯖江といえば眼鏡のまちとして知られている通り、人口6万9000人のまちに眼鏡に関連する会社が530社あり、国内の眼鏡フレームの約96%が鯖江周辺で生産されています。さらに、鯖江市と隣接する越前市、越前町を含めた半径10キロの範囲に漆器、和紙、刃物、たんす、焼き物、繊維と、眼鏡を加え7つの地場産業が集積し、国内でも有数のものづくり産地を形成しています。
それぞれの地場産業が主にOEMを担い、時代のニーズに対応しながらものづくりをしてきましたが、海外で生産される安価なブランドが市場に広がり、リーマンショックの影響もあって2010年代に入ると仕事が激減。鯖江の眼鏡会社も倒産が相次ぎました。いわゆる下請けだけでは立ちゆかない状況となったことから、一般消費者向けの自社商品をつくって販売する動きがこの10年間で進んでいます。
他方、鯖江市は観光産業の弱いまちでした。そこで、ものづくりを観光資源として活かし 、自社商品を取り扱う店を出して観光客を呼び込む動きも生まれます。33の新店がオープンし、それに伴い移住者も増加。TSUGIが拠点を置く人口3800人の河和田町にも、130人ほどの若い人たちが移り住んできました。最初は職人を目指す人が、TSUGIができてからはデザイナーが、そして第3世代としてプロジェクトマネジャーやバックオフィス人材が入ってきました。
最近ではものづくりやデザイン、まちづくりに関わるわけではなく、「鯖江は面白そうだから」と移住してシェアハウスで楽しく暮らす「第4世代じゃない人」(新山さん)が増えているそうです。「彼らがまちのいろんな隙間を埋めたり、いろんな価値観を地域に入れたりしてくれている」と歓迎します。
創造的な産地をつくる4つの軸「支える」「つくる」「売る」「醸す」
こうした動きの起点となったTSUGIの立ち上げ時、新山さんは「創造的な産地をつくる」というビジョンを掲げました。「つくる」だけのOEMの産地から、「つくって売るまち」にどう変容させるか。それには、地域の原石・資源を見つけ、価値化することで地域内外に気付きを生み出すことと、時代の変化に向き合い、思考し、行動できる人たちを増やすことが必要だと考えました。
それを実現するために、TSUGIは「支える」「つくる」「売る」「醸す」という4つの軸で仕事をしています。デザインを通じて産地企業を「支える」べく、ロゴマーク、紙物、ウェブサイト、パッケージ、サイン、建築、最も多いのがプロジェクトで、ジャンルを問わず携わっています。
「つくる」では、眼鏡のフレームに使われる素材を活かしたアクセサリーブランド「Sur(サー)」などの自社ブランドを運営。これには新山さんが鯖江でデザイナーとして仕事を始めた際、職人など地場産業に携わる人たちから抵抗があったことが関係しています。
産地にデザイナーが入って職人と共に新しいものづくりに挑戦することは以前からあったものの、補助金を使ってデザイナーが好きなものをつくって終わりで、売る部分が考えられておらず、売れ行きが伸びなかったそう。それはデザイナーだけの責任ではないのですが、「デザイナーは詐欺師だ」とさえ言う人もいました。
そうした経緯を知り、地域でデザインをするに当たっては販路や流通まで考える必要があると感じ、ブランド立ち上げに至ります。最初は失敗の連続だったといいますが、今では国内外の50店舗ほど取り扱いがあり、年間1,000万円を売り上げるようになりました。
「売る」では、2019年には事務所を改装して、福井のものづくりとデザインを体感できる複合施設「TOURISTORE(ツーリストア)」を立ち上げ、その中に「SAVA!STORE(サヴァストア)」をオープン。デザイン性、ストーリー性のある商品を取り扱う土産店として、「売るところまで面倒を見る」という意志を形で示し、デザイナーへの不信感を払拭してみせました。
同時に、東京に比べて地方でのデザイン料が安いという問題の解決にもつなげています。「地域の仕事は安いから受けないと言っていたら、何のためにここで仕事をしているか分からない。デザイン料は安くても、店で売ったり、ポップアップやオンラインで売ったりすることで回収できるスキームをつくっています」
「醸す」は職人の熱量をつくる活動で、その典型的なものが、2015年から行っている「RENEW(リニュー)」です。毎年10月にまちの工場を3日間開放して工房見学を行い、ものづくりの背景や職人の思いを知ってもらうことで解像度の高い購入体験を提供。これまで8回で20万人が訪れ、約1億5,000万円の売り上げがある、国内最大規模のオープンファクトリーイベントに成長しました。
徹底的なリサーチから始まる成功の法則 グッドフォーカス賞受賞も
4つの軸を回しながら面白いまちをつくっていこうとしているTSUGI。プロジェクトを進める際、新山さんはリサーチ、プラン、コンセプト、デザイン、というステップを踏んでいます。
まずは、どうやったら差別化できるか、どこに勝ち筋があるかと、徹底的に「リサーチ」から始めます。その後、商品開発であれば、どういう商品をどういうマーケットに、価格はいくらで、どういうプロモーションをして売るかという「プラン」を構築。次に、ネーミングやキャッチコピー、ステートメントで商品の「コンセプト」を言語化。最後に、ロゴマークやパッケージ、ウェブを「デザイン」します。「もちろんこの通りに行かないこともありますが、これをやることで売れる確率は上がります」
特にリサーチが重要だとして紹介したのが、越前和紙を製造する株式会社五十嵐製紙での事例。同社は家族経営ながら、手すきも機械すきも、小さいものから大きいものまで対応できることを強みに複数の商社から仕事を受けていましたが、受託業務が98%で、仮に1社の仕事がなくなると売り上げが一気に落ちるリスクを抱えていました。
そうした状況を改善したいと依頼を受け、リサーチしてみると、和紙業界全体の売り上げが落ちているのは想定内でしたが、原材料不足という、より大きな問題に突き当たります。和紙はコウゾ、ミツマタ、ガンピという木の皮を主な原料としていますが、コウゾは全盛期の1.2%まで収穫量が激減。繊維を絡み合わせる材料となるトロロアオイも、主な産地である茨城の農家が生産をやめようとしていました。
これは五十嵐製紙の問題であると同時に産地全体の問題でもあると考え、新山さんは他の材料で代用できないか調べ始めます。すると、当時小学生だった五十嵐製紙の次男が、身の回りにある食べ物や葉っぱで代用できないかという実験を夏休みの自由研究ですでに行っていました。
「ニンジンやミカン、松の葉っぱ、お父さんのおつまみのピーナツで紙をつくっていて、もう天才やん!と。これで解決できるし、サステナビリティーという時代性にも合う。洋紙でも和紙でもない新しい紙になるんじゃないかなと思ってワクワクしました」と振り返ります。
100%土に還(かえ)る、廃棄野菜や果物からつくられた紙文具ブランドというコンセプトを決め、試作を重ね、商品名を「Food Paper(フードペーパー)」に決定。材料は、カット野菜の工場で1日約400キロも廃棄されているものを引き取ることで確保しました。名刺ケースやバッグなどを商品化して展示会に出すと想像以上に反応が良く、CNNの特集で160カ国に紹介されたり、中学校の美術の教科書に掲載されたりと、大きな反響がありました。
「この仕事の大好きなところは、私があまり何もやっていないこと。五十嵐家の次男という天才を見つけたところが面白くて、リサーチをきちんとやることが功を奏する好例だと思います」
リサーチを通して「未来のマーケット」を見つけた事例として紹介したのが、シニア向けルームウエアブランド「keamu(ケアム)」。母親が介護が必要となった知人から、おしゃれな介護服がないと相談を受けた繊維メーカー冨士経編(たてあみ)株式会社の担当者からの依頼がきっかけでした。
超高齢化社会の到来で在宅医療はこれからどんどん増えていくことが予想され、社会性の高いものだと考え、介護する人、介護される人のヒアリングを積み重ねました。そして、冨士経編の培ってきた耐洗濯性に優れたものづくりの強みを活かし、シニア世代が毎日を気持ちよく過ごせて周りの人の負担も軽減できる、「みんなが笑顔で安心に過ごせる社会の実現を目指す」というビジョンを立てます。
「いつまでも自分らしくいるためのケアウエア」をコンセプトに、シニア世代に向けたミニマルで美しいデザインで、着る人着せる人が着脱しやすく、耐洗濯性と着心地に優れた商品を開発。2022年度グッドデザイン賞のグッドフォーカス賞を受賞しました。
「これは多分、形がきれいだとかいうことではなく、社会へのまなざし、これから起きる世の中に対してのトライが評価されたのではないかと思います。自信にもなりましたし、何よりも手伝ってもらった介護施設の人たちがとても喜んでくれて、『これは未来でしかない』と思った事例です」
職人の誇りを取り戻そうと立ち上げた「RENEW」の小さな産業革命
最後はRENEWについて。2014年当時、鯖江の職人たちと飲みに行くたび悲観的な話を繰り返し聞いていた新山さんは、職人たちの誇りが低下していることを感じ取ります。「伝統工芸は置いているだけでは価値が伝わらない。だったら来てもらうのが一番いいだろうと。工房見学はあくまでも手段として、地域のものづくりを発信して誇りを取り戻そうとプロジェクトを立ち上げました」
コンセプトは「来たれ若人、ものづくりのまちへ」。自らも「趣味の延長」と言うように、あえて行政からの支援は受けずに有志で2015年にスタート。2017年からは中川政七商店とコラボし規模が拡大し、10キロ圏内の産地を超えたプロジェクトになります。8年間継続し、その成果として職人が誇りを取り戻すだけでなく、前述のように33の新規店舗ができ、雇用が生まれ、若い人たちが増えました。
「これは小さな産業革命だと思っています。多くの人を集めることで成功体験やエンパワーメントを醸成し、次はこれをやってみようとチャレンジすることを産地に植え付けてきた取り組みだと思っています」と新山さん。
RENEWをさらに発展させ、多様な人たちが自由に往来して、協働しながらつくり続ける持続可能なまちにしていくため、2022年7月には一般社団法人SOE(ソエ)を設立。これからも産業観光をまちに次々とインストールしていこうと意気込みます。
グッドデザインレクチャー vol.5「おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる」
(前編)TSUGI llc.(合同会社ツギ)代表/クリエイティブディレクターの新山直広氏によるレクチャー
(中編)合同会社オフィスキャンプ代表の坂本大祐氏によるレクチャー
(後編)クロストーク「おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる」
構成:菊地正宏(合同会社シンプルテキスト)/撮影:株式会社フロット
ゲストプロフィール
TSUGI llc. (合同会社ツギ)代表
新山直広(にいやまなおひろ)氏
1985年大阪府生まれ。京都精華大学デザイン学科建築分野卒業。2009年福井県鯖江市に移住。鯖江市役所を経て2015年にTSUGI LLC.を設立。地域特化型のインタウンデザイナーとして、地場産業や地域のブランディングを行っている。また、体験型産業観光プロジェクト「RENEW」の運営をはじめ、めがね素材を転用したアクセサリーブランド「Sur」、福井の産品を扱う「SAVA!STORE」など、ものづくり・地域・観光といった領域を横断しながら創造的な産地づくりを行っている。 産業観光イベント「RENEW」ディレクター(2015年~) 京都精華大学伝統産業イノベーションセンター特別研究員(2018年~)。一般社団法人SOE副理事(2022年〜)。著書に、坂本大祐との共著「おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる」(学芸出版)がある。
合同会社オフィスキャンプ 代表
坂本大祐(さかもとだいすけ)氏
1975年 大阪府大阪狭山市出身。奈良県東吉野村に2006年移住。2015年 国、県、村との事業、シェアとコワーキングの施設「オフィスキャンプ東吉野」を企画・デザインを行い、運営も受託。開業後、同施設で出会った仲間と山村のデザインファーム「合同会社オフィスキャンプ」を設立。2018年、ローカルエリアのコワーキング運営者と共に「一般社団法人ローカルコワークアソシエーション」を設立、全国のコワーキング施設の開業をサポートしている。東吉野村への移住検討者の支援まで行っている。著書に、新山直広との共著「おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる」(学芸出版)がある。2022年「地域で子ども達の成長を支える活動 [まほうのだがしやチロル堂]」がグッドデザイン大賞を受賞。
グッドデザイン賞とは
グッドデザイン賞は、1957年に創設された日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨の仕組みです。デザインを通じて産業や生活文化を高める運動として、国内外の多くの企業やデザイナーが参加しています。これまで受賞件数50,000件以上に上り、受賞のシンボルである「Gマーク」は、よいデザインを示すシンボルマークとして広く親しまれています。製品、建築、ソフトウェア、システム、サービスなど、私たちを取りまくさまざまなものごとに贈られます。かたちのある無しにかかわらず、人が何らかの理想や目的を果たすために築いたものごとをデザインととらえ、その質を評価・顕彰しています。
グッドデザインレクチャーとは
グッドデザインレクチャーは、グッドデザイン賞の受賞者が、受講者と直接対話をしながら未来の社会を考える実践的なデザインレクチャーです。宮城大学デザインスタディセンターが主催となり、グッドデザイン賞を手がける公益財団法人日本デザイン振興会の協力の下、価値創造デザイン学類にとどまらず、全学的な「デザイン思考」の一端として行っております。
グッドデザインレクチャーVol.1 レポート
グッドデザインレクチャーvol.2 レポート
グッドデザインレクチャーvol.3 レポート
宮城大学デザインスタディセンター
デザインを通して、新しい価値をどう生み出していくか。日々変化する社会環境を観察し、多様な課題を解決へと導く論理的思考力と表現力、“デザイン思考” は、宮城大学で学ぶ全ての学生に必要とされる考え方です。ビジネスにおける事業のデザイン、社会のデザイン、生活に関わるデザインなど 3学群を挙げてこれらを担う人材を育成するため、その象徴として 2020 年にデザイン研究棟が完成、学群を超えた知の接続/地域社会との継続的な共創/学外の先進的な知見の獲得を目指して、企業との共同プロジェクトや、デザイン教育・研究を展開する「デザインスタディセンター」として、宮城大学は東北の新たなデザインの拠点をつくります。
MYU NEWS #03
宮城大学デザインスタディセンターでは、2021年の開設以来、学群の枠を超えた知の接続/地域社会との継続的な共創/学外の先進的な知見の獲得を目指し、東北の新たなデザインの拠点として、さまざまな実験的なプロジェクトが展開されています。
- P04-09 DSC Dialog #01 デザインスタディセンターの『現在』と『未来』
- P10-11 MYU Design Study Center × WOW いのりのかたち
- P12-15 DSC Dialog #02 めぐみ MEGUMI
- P16-19 DSC Dialog #03 文様 MONYOU
- P20-22 DSC Dialog #04 やまのかけら YAMANOKAKERA
- P24-26 DSC Dialog #05 うつし UTSUSHI
- P28-31 MYU Design Study Center Projects
<関連>
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