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23.04.13

【中編】グッドデザインレクチャーvol.5、新山直広 氏×坂本大祐 氏「おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる」/デザインスタディセンター

宮城大学デザインスタディセンターがグッドデザイン賞の受賞者を招いて年に1回行っている「グッドデザインレクチャー」。今回の講師は、福井県鯖江市を拠点にとするTSUGI llc.(合同会社ツギ)代表/クリエイティブディレクターの新山直広さんと、奈良県東吉野村を拠点とする合同会社オフィスキャンプ代表の坂本大祐さん。東京を飛び越えて地方での取り組みを地方で紹介する形となりました。地域で顔の見える関係性の中で活動する2人のお話は、地域に根差した公立大学である宮城大学にとっても大いに参考となるものでした。​​​​​

デザイナーとなり多忙で体を壊し東吉野村へ 縁に紡がれた紆余曲折の物語

坂本さんからは、デザイナーになって現在に至る紆余(うよ)曲折のストーリーと、奈良県東吉野村を拠点に行ってきたプロジェクトを紹介していただきました。

坂本さんは大阪狭山市出身。京都の建築の専門学校を卒業後、設計事務所に就職するも数カ月で退職。大阪市内の家具店でアルバイトをしながら、周囲に多かったデザイン事務所の手間仕事を引き受けたり、知人の会社の名刺や店のメニューやチラシなどを制作したりと、デザインの仕事をするようになります。

ある時、和歌山市でカフェを開きたいという起業家が来店。自分で設計したテーブルを知り合いの工務店でつくって納品したところ好評を得て、その企業にスカウトされました。一人デザイン事業部としてロゴデザインなどの仕事を大量にこなしていましたが、また別の会社経営者に引き抜かれ200人規模の企業に転職。いろいろあって半年でやめ、いよいよフリーランスのデザイナーとして歩み始めます。

店のデザイン設計からスタッフのユニホーム、パッケージまで、「全部できますよ」と言って、あらゆるデザイン仕事を次々と引き受けた坂本さん。それは、フリーランスゆえの仕事がなくなることへの恐れからでした。結果、体を壊してしまい、先に大阪から東吉野村に移り住んでいた両親に促される形で2006年に引っ越しました。

東吉野村

東吉野村の基幹産業は林業ですが、斜陽化の一途で、ピーク時の1950年代の人口は1万人いて村には小学校が7校あったのが、現在は全村人口1700人で、小学校は1校。「今でこそ移住といえば『ソトコト』や『ターンズ』などに掲載されるようなキラキラしたイメージもありますが、当時はすっかり都落ちの気分でした」と明かします。高齢化比率は54%で、坂本さんが自身の名刺の文字を大きくしているのも、年配の方に渡した時に見えるようにという配慮からだとか。

しかし、「オフィスキャンプ東吉野」というコワーキングスペースの立ち上げに携わったことで、村が、坂本さんの人生が大きく動き出します。このストーリーを語る上で欠かせないのが、奈良県の職員、福野博昭さんとの出会い。「一緒に奈良の仕事をやろうよ」と声をかけられ初めて行政の仕事に携わり、「奥大和エリアの振興をするために、何か面白い手法はないものか」と相談を受けます。

やんちゃな公務員と共に実現したコワーキングスペースとその効果

奥大和は、東吉野村を含む奈良県南部・東部の19市町村から成るエリア。県の面積の90%ほどを占めますが、人口比率は10%ほどです。そんな地域を盛り上げるために坂本さんが提案したのが「クリエイティブビレッジ構想」で、その起点として、東吉野村にコワーキングスペースを整備する案を盛り込んでいました。

それが奈良県から東吉野村に提案され、採択されて拠点の整備が始まり、2015年4月に国、県、村3者の予算によって、村の小学校の校長が住んでいた築100年の古民家を改修したコワーキングスペースが誕生します。

提供:合同会社オフィスキャンプ

行政の仕事は基本的に縦割りで、こうした施設がつくられる場合は基本計画、改装のデザイン、運営がバラバラになりがちですが、オフィスキャンプ東吉野は坂本さんが企画からデザイン、運営まで一貫して担っています。「福野さんというやんちゃな公務員がいたからこそできたことです」と口にします。

オフィスキャンプ東吉野を計画する際、坂本さんは自身の経験を基に、ターゲットをクリエイターに絞りました。「自分が山奥に引っ込んでみたら、実は仕事が結構あって、付き合いのあったクライアントさんからも後から仕事を頂いたりもして、意外と仕事がちゃんとできるなというのは18年前に分かっていました」

基幹産業の林業が斜陽化し、村に来た人を雇用できる場も少ないので、「仕事はあるから来てください」と呼び込むことはできません。「だったら、仕事を持ってこられるタイプの人に来てもらえばいい。そういう層の中で、都会はちょっとしんどいなと思い始めている人たちがけっこういるんじゃないかと仮説を立てました。それは、おそらくクリエイティブ系の人じゃないかと」

ターゲットを明確にしたことで、そのターゲットにふさわしいハードの形も見えてきます。クリエイティブな人たちが「ここだったら働いてみたい」と思える空間をデザインしました。

施設にはコーヒースタンドを併設し、コワーキングスペースで働くクリエイターだけでなく、地元の人たちが集い、旅で村を訪れた人も気軽に立ち寄るなど、さまざまな交差が生まれています。偶然出会った人同士の情報交換の中から移住が決まったり、新しい活動が始まったりもしているそうで、「こういう場所は地域にとても大事だなと実感しています」と坂本さん。

2015年から2022年の7年間で施設への訪問者数が9000人、コワーキングスペースの利用者は1500人。14組27人が移住に至り、移住希望者が2組2人います。移り住んできた当時、若者といえば坂本さんほぼ1人だったのが、移住者だけで集まってお酒を飲んだりご飯を食べたりできるようになりました。「以前はマージャンをするためにわざわざ大阪まで行っていたんですけど、今は村の中でできるのですごく幸せです」と満面の笑み。

提供:合同会社オフィスキャンプ

オフィスキャンプの傘の下に集う人たちと幅広いプロジェクトを展開

オフィスキャンプ東吉野ができた翌年の2016年、坂本さんは合同会社オフィスキャンプを設立。現在は、クリエイティブディレクターやプロダクトデザイナー、グラフィックデザイナー、ジュエリーデザイナー、テキスタイルデザイナー、編集者やライター、写真家、木工職人や元行政職員まで約20人、多様な人たちが一つの傘の下に集っています。

いずれもコワーキングスペースでつながった人たちで、それぞれの職能を活かし、オフィスキャンプ東吉野の運営管理、岡山県にあるキャンプ場の指定管理、企業や都市ブランディング、印刷物やウェブの制作、木工のプロダクトなど幅広い仕事を展開しています。

提供:合同会社オフィスキャンプ

その一つが、奈良県と共に行っている学びのプロジェクト「奥大和クリエイティブスクール」。日本各地でクリエイティブな取り組みを行っている人々を講師として奥大和に招き、地域に根差した活動についての講座を行い、ローカルにおけるクリエイティブの在り方について、学び、共に考える内容です。

講師として参加したパノラマティクス主宰、株式会社アブストラクトエンジン代表取締役の齋藤精一さんとは、2022年9月〜11月にアートプロジェクト「MIND TRAIL(マインドトレイル)奥大和」を行いました。奥大和エリアの吉野町、天川村、曽爾村の山中にアートピースを置き、鑑賞者は5時間以上歩いて作品を鑑賞し、作品を通して雄大な自然を体験するというものです。

提供:奥大和クリエイティブスクール

提供:MIND TRAIL(マインドトレイル)奥大和

奥大和エリアのブルワリー「奥大和ビール」のクリエイティブ全般にも携わっています。ロゴからリーフレットやウェブサイト、店舗内装など、「これは分かりやすいデザインの仕事ですね」と坂本さん。「隣にゲストハウスもあって、飲んで泊まれる天国みたいに素晴らしい施設になっているので、よかったら利用してください」とのこと。

TSUGIと同じように、地場産業のプロジェクトにも携わっています。奈良県の西側のエリアは履物の産地群で、その中の1社、オリエンタルシューズ株式会社から依頼を受けてスニーカー「TOUN(トウン)」のブランディングを担いました。

東京で活動するグラフィックデザイナー山野英之さんをプロダクトデザイナーに起用。奈良県出身の山野さんが地元のプロジェクトに携わりたいという思いがあること、知人にオリジナルデザインのスニーカーを贈る個人プロジェクトをしていたことを知っていた坂本さんが声をかけて実現しました。

提供:合同会社オフィスキャンプ-奥大和ビール

提供:合同会社オフィスキャンプ-TOUN

奈良の山に「売るほどある」(坂本さん)木を使った積み木「tumi-isi(ツミイシ)」は、2021年のグッドデザイン・ベスト100に選ばれました。「これは村内完結型プロダクトと呼んでいて、木を削って、色を塗って、箱に詰めてという作業を村の中の人たちの力だけでやろうとを意識しています」

もちろん、海外でつくって安く売ることもできますが、「そんなことをわれわれがやっても意味はない。周りにあるものをいかに必要なものに変えていくかを頑張ってやってみています」。移住してきた女性や地元の主婦らに手伝ってもらいながら製造し、2022年にはハイブランドのノベルティーにも採用されました。

提供:合同会社オフィスキャンプ-積み木 [tumi-isi] 2021年度グッドデザイン・ベスト100

大人の善意が子どもに幸せな魔法をかける駄菓子屋のグッドデザイン

最後に紹介していただいたのが、2022年のグッドデザイン大賞を受賞した「まほうのだがしや チロル堂」。生駒市にある駄菓子屋「チロル堂」の店内にはガチャが置かれ、18歳以下の子どもだけが100円で1日1回、回すことができます。出てくるカプセルには「チロル」という店内通貨が1枚、運が良ければ2、3枚入っていることもあります。

1チロルで店内の駄菓子を100円分買うことができますが、このチロルには「魔法」がかかっていて、併設する食堂で提供している500円のカレーや300円のポテトフライ、ジュースも1チロルで買えます。その差額は、食堂で昼に大人が注文するカレーや弁当の売り上げ、チロル堂酒場として夜に営業する売り上げと、直接的な寄付によって賄っています。

地域で子ども達の成長を支える活動 [まほうのだがしやチロル堂]2022年度グッドデザイン大賞

このプロジェクトは、生駒市在住のアーティスト吉田田タカシさんと、同じく生駒市で放課後等デイサービスや障がい者就労継続支援B型事業所を運営する一般社団法人無限の代表理事石田慶子さんと共に立ち上げました。きっかけは、地域で「たわわ食堂」という子ども食堂を開いている溝口雅代さんから、子ども食堂に通いたくても通えない子どもたちがいる悲しい実情を聞いたことでした。

「子どもたちからすると、昨日あそこの食堂に行っていたよねと言われるのが恥ずかしいわけですね。だから、本当に困った状況になるまで行きづらい。そんなふうに嫌な気持ちにならないで、それでも安価で食べられるようにできないか考え抜いた結果、生まれたプロジェクトです」

前述の通り、チロル堂では100円を店内通貨に変えることによって魔法がかかり、500円のカレーが1チロルで食べられるようになります。「その仕組みの中に、みすぼらしい気持ちにさせてしまう要素は一切ない。貧しいとか貧しくないとか関係なく、子どもであれば等しく同じ価値をこの店では共有できます」

「グッドデザイン大賞・ファイナリスト」に名だたる大企業のプロダクトやプロジェクトが並ぶ中、地方でのこの小さな取り組みが大賞を受賞しました。坂本さんは「間接的に大人が子どもたちにおごっているような状態をエコシステムとしてぐるぐる回しているという仕組みそのものが、グッドデザインから評価いただけたんじゃないかと思っています」と喜びを表します。


ゲストプロフィール

TSUGI llc. (合同会社ツギ)代表
新山直広(にいやまなおひろ)氏

1985年大阪府生まれ。京都精華大学デザイン学科建築分野卒業。2009年福井県鯖江市に移住。鯖江市役所を経て2015年にTSUGI LLC.を設立。地域特化型のインタウンデザイナーとして、地場産業や地域のブランディングを行っている。また、体験型産業観光プロジェクト「RENEW」の運営をはじめ、めがね素材を転用したアクセサリーブランド「Sur」、福井の産品を扱う「SAVA!STORE」など、ものづくり・地域・観光といった領域を横断しながら創造的な産地づくりを行っている。 産業観光イベント「RENEW」ディレクター(2015年~) 京都精華大学伝統産業イノベーションセンター特別研究員(2018年~)。一般社団法人SOE副理事(2022年〜)。著書に、坂本大祐との共著「おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる」(学芸出版)がある。

合同会社オフィスキャンプ 代表
坂本大祐(さかもとだいすけ)氏

1975年 大阪府大阪狭山市出身。奈良県東吉野村に2006年移住。2015年 国、県、村との事業、シェアとコワーキングの施設「オフィスキャンプ東吉野」を企画・デザインを行い、運営も受託。開業後、同施設で出会った仲間と山村のデザインファーム「合同会社オフィスキャンプ」を設立。2018年、ローカルエリアのコワーキング運営者と共に「一般社団法人ローカルコワークアソシエーション」を設立、全国のコワーキング施設の開業をサポートしている。東吉野村への移住検討者の支援まで行っている。著書に、新山直広との共著「おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる」(学芸出版)がある。2022年「地域で子ども達の成長を支える活動 [まほうのだがしやチロル堂]」がグッドデザイン大賞を受賞。


グッドデザイン賞とは

グッドデザイン賞は、1957年に創設された日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨の仕組みです。デザインを通じて産業や生活文化を高める運動として、国内外の多くの企業やデザイナーが参加しています。これまで受賞件数50,000件以上に上り、受賞のシンボルである「Gマーク」は、よいデザインを示すシンボルマークとして広く親しまれています。製品、建築、ソフトウェア、システム、サービスなど、私たちを取りまくさまざまなものごとに贈られます。かたちのある無しにかかわらず、人が何らかの理想や目的を果たすために築いたものごとをデザインととらえ、その質を評価・顕彰しています。

グッドデザインレクチャーとは

グッドデザインレクチャーは、グッドデザイン賞の受賞者が、受講者と直接対話をしながら未来の社会を考える実践的なデザインレクチャーです。宮城大学デザインスタディセンターが主催となり、グッドデザイン賞を手がける公益財団法人日本デザイン振興会の協力の下、価値創造デザイン学類にとどまらず、全学的な「デザイン思考」の一端として行っております。

グッドデザインレクチャーVol.1 レポート
グッドデザインレクチャーvol.2 レポート
グッドデザインレクチャーvol.3 レポート

宮城大学デザインスタディセンター

デザインを通して、新しい価値をどう生み出していくか。日々変化する社会環境を観察し、多様な課題を解決へと導く論理的思考力と表現力、“デザイン思考” は、宮城大学で学ぶ全ての学生に必要とされる考え方です。ビジネスにおける事業のデザイン、社会のデザイン、生活に関わるデザインなど 3学群を挙げてこれらを担う人材を育成するため、その象徴として 2020 年にデザイン研究棟が完成、学群を超えた知の接続/地域社会との継続的な共創/学外の先進的な知見の獲得を目指して、企業との共同プロジェクトや、デザイン教育・研究を展開する「デザインスタディセンター」として、宮城大学は東北の新たなデザインの拠点をつくります。


MYU NEWS #03

宮城大学デザインスタディセンターでは、2021年の開設以来、学群の枠を超えた知の接続/地域社会との継続的な共創/学外の先進的な知見の獲得を目指し、東北の新たなデザインの拠点として、さまざまな実験的なプロジェクトが展開されています。


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