めぐみ MEGUMI/DSC×WOW いのりのかたち
科学的にそのメカニズムが明らかになっているとはいえ、微生物の働きにより米と水から酒がつくられていく過程は神秘性を帯びている。肉眼では見えない存在に思いをはせ、その力を借りた酒づくりの現場を目にしたクリエイターらが生み出した映像は、発酵という現象を科学的に解明しようとする研究者にはどう映ったのか。そして神事とも密接する酒づくりにおける「いのり」の科学的な解釈とは。
食産業学群フードマネジメント学類 教授 金内誠
WOW Interface Designer 加藤咲、WOW Designer 松永麟
聞き手:菊地正宏 (SimpleText LLC)
日本の「酒」は、酔うことで姿形の見えない神様とつながるものとして、古くから祭事などで用いられてきました。科学が発達していなかった時代、酵母という目に見えない存在の力によって米が酒に変わることは神秘的な現象であり、酒は奇跡の産物でした。そのような目に見えない存在との信心深い関わりと営みは、つくり手の生活に浸透し今も受け継がれています。本作品は、酒を通して目に見えない存在に目を向けるインスタレーション作品です。酒にまつわるさまざまなモチーフが酒器と光によるコースティクス(集光模様)の中から立ち現れ、その様子は鑑賞者の動きによっても変化します。
―まずは作品をご覧になっての感想をお聞かせください。
金内 酒づくりというのは、この科学万能の世の中でもコントロールし切れないもので、ものすごく神秘性があるんですが、そういったところがよく出ていたと思います。われわれ研究者でもなかなかビジュアルでは見られないような、菌糸が伸びていく様子や酵母が増殖していく感じ、最後に収束して瓶の中でお酒になるところが表現されていたのかなと解釈しました。お酒づくりにはいい水が必要ですが、泡のはじける音が水を表現していたようにも感じました。
松永 おっしゃっていただいた通り、酵母と麹菌、瓶の底で発酵し続けている様子を表現したいと考えてつくったもので、先生のイメージと相違がなかったことがうれしいです。どういうビジュアルでそれらを表現すればいいのかを考えるのが難しく、ネットで調べるくらいしか手段がない中でイメージを膨らませていったのですが、実際にお酒が発酵しているところを顕微鏡で見て、いろいろな菌の形を作品に反映しました。ただ、新型コロナウイルスがまん延している状況もあり、菌の形をそっくりそのままビジュアルにするとネガティブなイメージにもつながりかねないので、菌に寄り過ぎないビジュアルにすることも意識しました。
加藤 今回、「いのりのかたち」ということからテーマを考えていく中で、初めは水をモチーフにしようとして、もっと神秘的なものを、と探していくうちにお酒にたどり着きました。お酒にもいろいろありますが、ビールや洋酒ではなく、鏡開きなどおめでたい場のイメージもあるので、やっぱり日本酒かなと。直感で何となくそう思うのはなぜだろうというのが分からずにいましたが、リサーチの一環で金内先生の授業を聴かせていただいた時に、ビールが食料として生まれたのに対して日本酒は神様とつながるために生まれた、ということをお聞きして納得がいきました。
そこからお酒をテーマにしたら面白いねとなり、お酒のことを調べ、山形県米沢市の東光さん(ここでは「東光」の蔵元、小嶋総本店を指す)へフィールドワークに伺いました。最初はどこから手掛かりをつかめばいいかも分かりませんでしたが、先ほど先生がおっしゃっていたように、科学が発達した世の中でも何かに頼っていたり、どう動くか分からない菌を人が日々世話していたりするところを見て、その制作過程に「いのりのかたち」を感じました。それで、お酒が環境から生まれてくる様子、菌が人と一緒に暮らしている感じをテーマにしようと決めました。
松永 東光さんには至る所に神棚があって、蔵元の奥さまのスケジュール帳にはすごい数の祭事の予定が書き入れてあり、お酒やお酒づくりと神様が非常に近い関係にあると感じました。こんなにも神聖な場所を作品にしたらどうなるかな、というところから始まったプロジェクトだったのですが、なぜお酒と神様がこれほど近くなったのか、その理由を先生にお聞きしたいです。
金内 それは「めぐみ」というテーマとも関連して、お米がまさに「神様に恵んでもらった」ものとして扱われているということがまずあります。しめ縄に付ける幣束(紙垂)は稲妻を表していて、雷が落ちると豊作になるという言い伝えが昔からあるように、これも米に関わるものです。その紙垂を垂らしたまわしを締めて横綱が四股を踏む奉納土俵入りは、稲妻を土に落として地面の害虫を追い払い、豊作を祈願するという意味があるなど、いろいろな祭祀はお米と関わりがあります。だとすれば、お米からつくったお酒がとても神聖なものであることは自然な流れで、神社にはこもだる(酒だる)が必ず納められていますよね。
松永 確かにビールのたるが奉納されていたら違和感がありますし、同じく米でつくった米酢や米みそも奉納されている印象はありません。
金内 確かにそうですね。それを考えると、お酒のお酒たるゆえんは、「酔う」ところにあると言えます。昔の人にとって「酔う」という現象は神に近づくためのもので、みそも米でつくられているといっても、それを食べて神様に近づくような感じはありませんよね。そういう意味で、みそ、しょうゆ、甘酒などは神聖化される対象ではなく、生活必需品として捉えられていたのではないでしょうか。
加藤 みそもしょうゆも日本の食ですね。外国だとチーズはありますが、日本が一番発酵食品をよく食べる国だという印象を受けるのはなぜでしょう。
金内 日本の場合はいくら寒いといっても全てが凍り付くほどではないし、ある程度微生物が成育できる環境にあるという、気候の関係が大きいですね。日本は平均気温でいうとだいたい 15 度~19 度の間に入っている温暖な所で、雨も多く湿度もある。ものすごく微生物が成育しやすい環境にあるんです。
生育環境によって、発酵に使われる菌の種類や数が大きく変わってきます。日本よりもっと暑いところになると菌が生えないとか、生えても食物には向かない菌だったりとかして、幅が狭くなってくる。暑くても寒くても食品に利用できる菌が限られてくる中、日本はものすごくいろいろな菌が生えるので、多様な発酵食品が生まれてきました。
加藤 いろいろな菌があるということですが、今回の制作に当たって菌の形をどうビジュアライズするか考えた時に、私たちは全て事実に基づくのではなく、イメージや解釈を持って表現することを選びました。実際のところ、菌の形というのはどの程度確認されているんでしょうか。
金内 われわれがよく麹菌と言っているのはアスペルギルス・オリゼーという菌の仲間です。米の学名である「オリザ」から取られたことでも分かるように、基本的に米にしか生えません。そのほかに、しょうゆ麹菌、かつお節菌、それから特殊な例として、もっと暖かい沖縄や九州では焼酎をつくる時に黒麹と呼ばれる種類が使われています。私たちが食べるものに使われている中では、学問的には 4 つほどに分類されます。
加藤 見た目も違うんでしょうか。
金内 見た目は一緒ですね。その形は顕微鏡で見ることができますが、麹菌が米の中に入ってどうなっているかまでは見ることができません。その様子を何とか見たいと、お米を CT スキャンにかけることを考えているほどで、目に見えるようにするというのは長年のわれわれの夢なんです。ですから、顕微鏡では見えない、菌が伸びている様子はこんな感じかもしれないと、作品を見てイメージしていました。
松永 米の中の様子までは見えなくても、今は科学が進歩して、麹菌の働きや発酵といったお酒のできるメカニズムが分かっていますが、昔の人はまったく分かっていなかったわけですよね。
金内 分からなかったんですけど、日本人は昔からこの繊細な感じが非常によく分かっていて、江戸時代のびょうぶの絵に、麹菌を描いたものがあるんです。
松永 えっ。でも顕微鏡はないですよね。
金内 ないです。肉眼でじっと観察して描いたんでしょうね。すごいと思いませんか、その観察力。
松永 観察して見えるものなんですかね…。でも、そういう観察力がお酒づくりにも活かされていそうですね。
金内 日本のお酒づくりは微生物が発見される前から、例えば温度を上げると変な菌が入ってこないとか、こうすればアルコールが出るとか、経験で分かっていて、平安時代から体系的にお酒がつくられていたという記録があるんです。
松永 たまたまできた、ラッキー、という話ではなく、自分の意志である程度つくるようになっていたと。
金内 そうです。天皇に納めるお酒として、そのつくり方が「延喜式」という平安時代の書物の中に既に書かれています。室町時代になると、奈良・興福寺の多聞院というところでお酒をつくっていました。現代のイメージだと修行の場であるお寺でお酒をつくるなんて、と思われるかもしれませんが、当時のお寺はものすごく知識の集まるところでしたから、お酒づくりのノウハウも蓄積されていたんでしょうね。温度計がない時代に、酒母に「の」の字を書いて 2 回半回せたらだいたい 60 度だ、と分かっていたようです。
松永 トライ&エラーで酒づくりを重ねながらノウハウを高めていったんですね。
―その時代に比べて現代は酒づくりの科学的な解明は進んでいるわけですが、一方で酒蔵に行ってみると神様があちらこちらに祭られていたり、麹室にはしめ縄が巻かれていたりして、言ってしまえば非科学的な「いのり」が共存しているのが酒づくりの面白さだと感じます。そこに「いのり」があり続けるのはなぜだと思われますか。
金内 酒づくりでもそのほかの食でもそうですが、必ず人間の及ばないところがあります。同じようにつくっても味が違うとか、なぜか発酵がうまくいったりいかなかったりする。何かしらの私たちの及ばないところが出てきて、それがまさに作品のテーマでもある「めぐみ」ということなんだと思います。
「めぐみ」の語源を調べてみると、「いとおしい」とか「見ていると目が痛くなるほどかわいらしい」という意味なんですよね。現代では気軽に「天の恵み」という言葉が使われがちですが、そう考えると、神様が私たちを見て何かをあげようと思っていただかないともらえない。水やお米もそうですし、環境も含めて人間ではどうしようもないところがお酒づくりにはあって、だからこそ「いのり」が生まれるのかもしれません。
逆に言えば、そうした人間にはどうしようもないところを乗り越えるからこそ、いいものができるんじゃないかなと。その見えない部分をわれわれは科学で少しでも克服しようとしているわけですが、私が生きている間には全部は克服できないし、次の世代でもまだまだできないでしょう。しかしそれが、神様の領域にどこまで迫れるかというわれわれの挑戦でもあります。
―お二人も今回の制作を通して「いのりのかたち」について見えてきたことがあればお聞かせください。
加藤 今回の制作は、「目には見えない」というのが最終的なテーマになりました。金内先生のおっしゃる、人の手が及ばないことへの一つのアプローチとして科学があり、きっと非科学的なアプローチの一つに「いのり」であるとか、神様に好いてもらうために清く正しく生きようとする心の動きがあるのかもしれないと思います。お酒づくりをされている方たちが年中行事を大事にしたり毎日のようにお参りしたりするのは、万が一にも悪いことをしているのが神様に見られていてお酒が悪くなってしまわないようにという、目に見える行動なのかなと感じました。
今まさにウィズコロナの時代で、目に見えぬ菌と戦う時代でもありますが、そうした見えないものへの想像力を働かせて、そこに対して姿勢を正すこともまた、「いのり」なのかなと思います。
松永 「いのり」って何だろうと考え始めると難しいですが、それでも振り返ってみると私も小さい頃から試験でも試合でも何かある時はやっぱり祈っているんですよね。神様が見ていると自然と意識することで普段の自分の行いが改められたり、それが結果に表れたりすることもあり、普段から自分が清く生きるために、「いのり」という行動があるのかなと思いました。
金内 「いのり」の語源を考えると、自分の「意志を述べる」ということで、ポジティブな言葉なんです。つまり、祈るという行為は受け身ではなく発信で、松永さんが言われたように、清く正しく生きていきますとか、これからの生活はこうありますとか、「こうします」と伝えることなんですよね。
松永 宣言をして、自分のやっている行動を見守っていてくださいと。
金内 そういうことですね。
―「いのりのかたち」の展示は、学群の枠を超えた知の接続、地域社会との継続的な共創、学外の先進的な知見の獲得を目指すデザインスタディセンターの象徴的な取り組みの一つとなりました。こうした点で、金内先生が感じたことを最後に教えてください。
金内 われわれのアプローチの仕方は数値や理論に基づくものですが、私たちがやろうとしている CT スキャンで菌糸を見る試みは、究極的には今回の作品のような形で、いかにビジュアルで理解してもらうかがその先にあります。学生や一般の方にも、われわれがやっていることをどうやって表現すれば分かってもらえるかというところで、この作品は大きなヒントになりました。ありがとうございました。
構成:菊地正宏(合同会社シンプルテキスト)/撮影:株式会社フロット
MYU NEWS #03
宮城大学デザインスタディセンターでは、2021年の開設以来、学群の枠を超えた知の接続/地域社会との継続的な共創/学外の先進的な知見の獲得を目指し、東北の新たなデザインの拠点として、さまざまな実験的なプロジェクトが展開されています。
- P04-09 DSC Dialog #01 デザインスタディセンターの『現在』と『未来』
- P10-11 MYU Design Study Center × WOW いのりのかたち
- P12-15 DSC Dialog #02 めぐみ MEGUMI
- P16-19 DSC Dialog #03 文様 MONYOU
- P20-22 DSC Dialog #04 やまのかけら YAMANOKAKERA
- P24-26 DSC Dialog #05 うつし UTSUSHI
- P28-31 MYU Design Study Center Projects
DSC Dialog #01 デザインスタディセンターの『現在』と『未来』
東北の新たなデザインの拠点として設けられた真新しいデザイン研究棟の建物が肉体だとすれば、デザインスタディセンターはその核に据えられた魂の依り代と言えるだろう。目に見える形は持たないが、だからこそ、それを中心に専門領域に縛られず、産学官の軽やかな連携が立ち上がり、地域と境界線のない交差が生まれる。そんな混然一体の営みが自然発生し得るこの場が持つ可能性について、3 人のコアメンバーに語ってもらった。
DSC Dialog #02 めぐみ MEGUMI/DSC×WOW いのりのかたち
科学的にそのメカニズムが明らかになっているとはいえ、微生物の働きにより米と水から酒がつくられていく過程は神秘性を帯びている。肉眼では見えない存在に思いをはせ、その力を借りた酒づくりの現場を目にしたクリエイターらが生み出した映像は発酵という現象を科学的に解明しようとする研究者にどう映ったのか。そして神事とも密接する酒づくりにおける「いのり」の科学的な解釈とは。
DSC Dialog #03 文様 MONYOU/DSC×WOW いのりのかたち
東日本大震災の後、事業構想学部(当時)中田研究室の有志学生が南三陸町戸倉地区長清水集落で行ったプロジェクト「ながしずてぬぐい」。その手拭いにもあしらわれていた文様に、中田教授の教え子でもある 2 人は「いのりのかたち」を見いだし、作品をつくり上げた。つくりながら感じた悩みや疑問を、学生時代に戻って先生に問いかけてみる。その答えはいたって明快「つくり続けなさい」。
DSC Dialog #04 やまのかけら /DSC×WOW いのりのかたち
山岳信仰に限らず、人は古来、自然の中でも山に対しては特に畏敬の念を抱き、その「かけら」である岩や石にも神性を見いだしてきた。スコープというアナログな仕掛けを用い、山の側にフォーカスを当てることで、周辺にある私たちの営みを描き出した「やまのかけら」。土地から拾い上げた歴史をどうやって伝えるかという点でその手法は「歴史屋」にとっても新しい気付きがあったという。
DSC Dialog #05 うつし UTSUSHI/DSC×WOW いのりのかたち
宮城大学の象徴的な空間である大階段の前に茅の輪が置かれ、それをくぐると突如として非日常の世界が広がる、神事をモチーフにした AR 作品。そのコンセプトやデザインへの評価と同時に、同じくテクノロジーを使った表現や体験を追求する研究者同士の対話だからこそ、効果的に実現するデバイスや手法について議論が加熱した。そしてテクノロジーと最も遠い場所にある「いのり」について。
WOWについて
東京、仙台、ロンドン、サンフランシスコに拠点を置くビジュアルデザインスタジオ。CMやコンセプト映像など、広告における多様な映像表現から、さまざまな空間におけるインスタレーション映像演出、メーカーと共同で開発するユーザーインターフェイスデザインまで、既存のメディアやカテゴリーにとらわれない、幅広いデザインワークを行っています。最近では積極的にオリジナルのアート作品やプロダクトを制作し、国内外でインスタレーションを多数実施。作り手個人の感性を最大限に引き出しながら、ビジュアルデザインの社会的機能を果たすべく、映像の新しい可能性を追求し続けています。
宮城大学デザインスタディセンター
デザインを通して、新しい価値をどう生み出していくか。日々変化する社会環境を観察し、多様な課題を解決へと導く論理的思考力と表現力、“デザイン思考” は、宮城大学で学ぶ全ての学生に必要とされる考え方です。ビジネスにおける事業のデザイン、社会のデザイン、生活に関わるデザインなど 3学群を挙げてこれらを担う人材を育成するため、その象徴として 2020 年にデザイン研究棟が完成、学群を超えた知の接続/地域社会との継続的な共創/学外の先進的な知見の獲得を目指して、企業との共同プロジェクトや、デザイン教育・研究を展開する「デザインスタディセンター」として、宮城大学は東北の新たなデザインの拠点をつくります。