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22.01.28
東北植物学会第11回大会で、食資源開発学類の小針寛乃さんが優秀発表賞を授賞しました/植物分子遺伝育種学研究室
食産業学群日渡祐二教授は、植物分子遺伝学、植物細胞生理学、発生進化学を専門分野として、食料・バイオマス増産に関わる有用形質の制御メカニズムについて基礎研究を行っています。12月に開催された東北植物学会第11回大会において、植物分子遺伝育種学研究室(日渡研究室)に所属する小針寛乃さんが、植物の重力屈性制御機構の研究を「ヒメツリガネゴケ重力屈性変異体gtrの表現型解析と原因遺伝子探索」として発表、優秀発表賞を授賞しました。
“重力応答メカニズム”の解明は、陸上植物の生存戦略を理解する重要な研究テーマの1つ
(図1)風で倒れたひまわりが重力の向きとは逆の方向に伸びて、立ち上がる
重力は地球上で最も安定な環境刺激の1つです。生物はこの環境刺激を姿勢の制御や成長の調節に利用しています。植物は、進化の過程で約4.8億年前に水中から陸上へ進出し、陸上に生存域を広げてきました。地上では常に全てのものに等しく1 gの重力がかかっていますが、水中では1 gの重力とともに周囲の水による浮力が働くため、これらが相殺した力が植物にかかります。植物の陸上化に伴い、水による浮力が消失するため、植物は1 gの大きさに耐えうる生理反応や1 gの向きに応じた発生システムを進化させてきました。
例えば、被子植物では根は重力方向の同じ向きに成長し、地上部の茎は重力と逆方向に成長を行うことが知られています(図1)。これは被子植物の重力感受器官が、重力刺激を感知し、そのシグナルが伝達されて重力方向(重力ベクトル)に応じた成長が起きる反応で「重力屈性」といいます。なお、植物の重力応答はこのほかに、重力の大きさに対する応答である「抗重力反応」があります。
ヒメツリガネゴケを用いて、陸上植物が行う「重力屈性」の分子メカニズムに迫る
コケ植物は植物陸上化の初期段階で、ほかの植物と分かれた植物で、そのうちヒメツリガネゴケは、コケ植物のモデルとして実験によく使用されています。このヒメツリガネゴケは、1個の細胞が重力方向に応じて成長の向きを変える「重力屈性」を示すことが知られています。ヒメツリガネゴケと同じように、モデル植物としてよく使われるシロイヌナズナを用いた研究により、被子植物については、重力屈性にはどのような遺伝子がはたらくかが明らかにされています。一方で、被子植物以外の陸上植物(例えばこのヒメツリガネゴケのようなコケ植物)においては、重力屈性のしくみはほとんど明らかになっていませんでした。
本研究は、ヒメツリガネゴケを用いて細胞が示す重力屈性を解析することにより、被子植物以外の陸上植物が行う重力屈性の分子メカニズムを明らかにするとともに、ヒメツリガネゴケの知見と、これまでの被子植物の知見と比較することで、陸上植物における重力屈性制御機構の共通基盤を理解することを目的としています。
ヒメツリガネゴケ野生型の原糸体が示す「負の重力屈性」とは真逆の「正の重力屈性」突然変異体を単離、変異の原因となりうる遺伝子の絞り込みに成功
(図2)ヒメツリガネゴケ原糸体細胞を、始めに1週間暗所培養後、細胞の向きを90˚変えてさらに1週間培養した。細胞が重力の向きと反対に成長(負の重力屈性)
ヒメツリガネゴケは、原糸体と呼ばれる糸状の細胞をもっています。重力の向き(重力ベクトル)に対し同じ向きに成長する場合には「正の重力屈性」、重力ベクトルと反対に成長する場合には「負の重力屈性」と呼びますが、この原糸体は通常、暗所培養下では「負の重力屈性」すなわち重力ベクトルに対し逆向きに成長します(図2)。
今回の研究では、まず紫外線照射によって人為的な突然変異処理を行い、ヒメツリガネゴケの突然変異集団を作り出しました。その中から通常とは違う「正の重力屈性」を示す重力屈性変異体を2系統(agravitropic mutant: gtr2とgtr3)単離(集団の中から特定の変異体を分離)しました。
これらgtr2変異体とgtr3変異体は、暗所培養下では野生型と逆に、重力ベクトルの向きに成長する「正の重力屈性」を示すことから、gtr2変異体、gtr3変異体は重力ベクトルが感知できるものの、その後の反応が異常であることがわかりました。
さらに、これらの変異体の成長や環境応答を詳しく調べたところ、gtr2変異体では重力の細胞内シグナル伝達系やその下流の細胞骨格制御系、gtr3変異体では重力と光の応答に関わる細胞内シグナル伝達系が変異している可能性があることがわかりました。これらの変異体の全ゲノム配列を解読した結果、原因となりうる遺伝子の絞り込みに成功しました。
このように、被子植物以外の植物で、特定の働きをする遺伝子を見つけることは、その植物だけではなく、陸上植物に共通するしくみを理解することにつながります。また、その遺伝子のはたらきを人為的に変えることで、成長を制御して生産性の向上を図ったり、劣悪な環境な環境でも生育できる植物の開発に貢献できる可能性を秘めていると言われています。
指導教員である日渡教授は「植物が陸上化した頃、どのように重力に応答していたか、思いをはせながら、植物の姿や育ち方を見てみると、生存戦略の新たな気づきがあり興味深いものです。私達の研究室の研究テーマの1つは、コケ植物のヒメツリガネゴケを実験材料に用いて、植物の重力の大きさに対する反応(抗重力反応)、重力の向きに対する反応(重力屈性)の2つの反応のしくみを明らかにすることです。これまで、重力の大きさに対する反応(抗重力反応)を解析するために、国際宇宙ステーション(International Space Station: ISS)の中でヒメツリガネゴケを培養し、顕微鏡を用いてライブで観察したりしています(スペース・モスプロジェクト)。今回は、重力屈性の研究として、ヒメツリガネゴケの突然変異体の解析を発表しました。この変異体の遺伝解析から、重力屈性にはたらく、陸上植物に共通な遺伝子がみつかると考えて、引き続き研究を進めていきます。」とコメントを寄せました。
日渡研究室では、今後も、ヒメツリガネゴケをロケットで打ち上げ、ISSへ運んで宇宙実験を行う予定です。ISSを用いた宇宙実験や宮城大学太白キャンパスで行われる地上実験を行いながら、ラボの学生メンバーとともに植物の重力応答のメカニズムを解き明かして、生き物の環境適応のしかたを研究していきます。
研究情報
本発表のタイトルは「ヒメツリガネゴケ重力屈性変異体gtrの表現型解析と原因遺伝子探索」小針寛乃*1、逵ローレンスかおる2、豊田敦3、平川英樹4、日渡祐二1, 2 (1宮城大・食産業、2宮城大・院・食産業、3遺伝研、4かずさDNA研)です。10題以上もの学生やポスドクの一般講演の中から、最も優れたものとして表彰されました。
東北植物学会-優秀発表賞とは
東北植物学会は、日本植物学会と共同して、植物学の進歩に寄与し、あわせて会員相互の研究交流と親睦を図ることを目的として、旧日本植物学会東北支部を母体に2010年12月に設立されました。年1回大会を開催し、研究発表などを行っており、優秀発表賞は、学生などを対象として優れた発表に授与されるものです。
指導教員プロフィール
・日渡 祐二(ひわたし ゆうじ):宮城大学食産業学群教授
植物分子遺伝学、植物細胞生理学、発生進化学を専門分野として、植物有用形質の制御メカニズムを明らかにする基礎研究を行っています。また、ゲノムエンジニアリングの手法を用いた分子育種の技術開発も取り組んでいます。