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22.10.25

食産業学群三上教授らが紅藻スサビノリにおける植物ホルモン・オーキシンの生理作用を化学生物学的に初めて解明:国際学術雑誌「Cells」Feature Paper に選出/生物生産学類

食産業群三上浩司教授は,日本のノリ養殖で用いられているスサビノリの成長がどのように制御されているのか,岡山理科大学と東京農業大学と共同で研究を進めています。2022年8月にこれまでの研究成果を国際学術雑誌「Cells」(IF=7.666)に発表し,非常に高いインパクトを持ったハイレベルな先端研究と評価され,同雑誌のFeature Paperに選出されました。三上研究室の論文としては,先の高温ストレス応答の研究論文に引き続く選出となります。

スサビノリの成長制御における植物ホルモン・オーキシンの生理作用
Taya, K., Takeuchi, S., Takahashi, M., Hayashi, K. and Mikami, K. (2022) Auxin regulates apical stem cell regeneration and tip growth in the marine red alga Neopyropia yezoensis. Cells 11, 652.

冬と夏でスサビノリの体の構造は変わる
食資源としては利用しないスサビノリの「糸状体」が,実は大量養殖のカギに

スサビノリは,季節によって全く異なる形を示すという不思議な生存戦略を持っています。スサビノリを含むアマノリ類は,冬に葉状,夏に糸状の形をしており,それぞれ葉状体,糸状体と呼ばれています(図1)。葉状体が板海苔として多くの地域で養殖され板海苔に加工されている一方で,糸状体は食資源としては利用されていません。しかし,実は糸状体は,その数が多いほどノリが養殖網に付着して葉状体に生長する胞子をつくる殻胞子嚢を数多く発達させるので大変重要視されているのです。糸状体の成長を効率良く促進することは,結果としてノリの大量養殖につながります。

<図1 スサビノリの生活環>スサビノリは冬に葉状体(配偶体世代),夏に糸状体(胞子体世代),秋に殻胞子嚢(殻胞子嚢体)の3世代が1年をかけて順に交代する三相性の世代交代を行う(Mikami et al. 2019)。それらの成長様式は,葉状体が拡散成長(diffuse growth),糸状体と殻胞子嚢が先端成長(tip growth)である。図はMikami and Takahashi (2022)の改変版。

<図2 糸状体の牡蠣殻での成長>A,糸状体の写真。白線は100 µm;B,牡蠣殻中で増殖し始めた糸状体;C,Bから1か月後の糸状体の増殖状況。Aはスサビノリ,BとCはタネガシマアマノリ(宮城県漁業組合・七ヶ浜町水産振興センター提供)。

自然環境では,糸状体は貝殻に穿孔したり岩の隙間に潜り込んだりして生きていますが,ノリ養殖ではその性質を利用して,大量の糸状体を人為的に多数の牡蠣殻に穿孔させて育てる作業が行われています(図2)。三上教授は,ノリ生産量の向上に貢献するため,この糸状体の成長様式とその制御機構の研究を進めてきました。

陸上植物の先端成長に関わる植物ホルモン“オーキシン”は
スサビノリ「糸状体」の先端成長機構にも関わっているのではないか

糸状体は,その形を維持するために先端成長と呼ばれる様式で増殖します(図3)。これは糸状に連なった細胞の中で,先端の細胞だけが伸長と分裂を行い,これが連続することで糸状の長い体が作られる成長様式です。この増殖する先端の細胞は,自己複製能・分化能力の2つの機能を併せ持ついわゆる幹細胞と言えるのですが,この幹細胞が非分裂細胞から新しく形成され,それが成長して分枝を重ねていき,たくさんの分枝が絡み合い大きな塊として成長することで牡蠣殻が糸状体で占有された状態となります(図2C)。

<図3 糸状体の先端成長>先端成長とは,糸状の細胞列の内,先端の細胞だけが伸長・分裂する成長様式である。写真では,3細胞性の糸状体(A)が,1日後に4細胞(B),2日後に5細胞(C)になっている。矢印は細胞壁の位置を示しており,先端細胞が分裂している様子がわかる(Mikami et al. 2019改変)。

<図4 単離された1細胞性糸状体からの分枝形成>糸状体の塊を剃刀で細かく切断して1細胞性の糸状体を得た。それを1日(A),3日(B),7日(C)培養すると,1日目で幹細胞が形成され(A矢印),それが伸長・分裂して先端成長していることがわかる(B,C矢印)。本研究ではこの性質を踏まえた実験を行った。

このようにスサビノリやコケ原糸体,褐藻シオミドロなどは,細胞が分裂することで先端成長する様式(分裂型)を持ちますが,対して,細胞が分裂しないで細胞の先端のみが伸長していく様式(非分裂型)が陸上植物の花粉管や根毛などで報告されています。花粉管と根毛では制御機構が良く解析されていて,“オーキシン”と呼ばれる植物ホルモンが先端成長に関わっていることが明らかとなっています。

一方,スサビノリにおける制御機構はまだわからないことが多くあり,糸状体の先端成長に“オーキシン”が関与しているのかは明らかとはなっていません。三上教授はスサビノリの糸状体が“オーキシン”を比較的多量に持っていることをすでに明らかとしており(Mikami et al. 2016),分裂型の先端成長も非分裂型と同様に“オーキシン”が関わっているのではと考えました。

PEO-IAAを用い,幹細胞形成と先端成長に“オーキシン”の関与を確認
化学生物学のアプローチによる先端成長制御機構の解析

<図5 オーキシンIAAとオーキシン・アンタゴ二ストPEO-IAAの構造比較>

実験は糸状体を剃刀で細かく切断して得られる1細胞性の糸状体を用いました(図4,図6A)。これは非分裂細胞由来ですが,培養すると幹細胞が形成され,それが先端成長することが確かめられました(図4,図6B)。このような幹細胞形成と先端成長の2つのイベントに“オーキシン”が関わっているかどうかを確認するために用いたのが,オーキシン誘導体であるPEO-IAA (indole-3-acetic acid antagonistと呼ばれる強力な抗オーキシン活性を示す薬品)と名付けられたオーキシン・アンタゴニストです(図5)。これは岡山理科大学の林謙一郎教授が開発・有機化学合成したもので,オーキシン受容体に結合し,オーキシンの作用を特異的に阻害する化学物質です。このような生体内での作用が明確な分子を用いて行う解析を化学生物学と呼びますが,三上教授は海藻ではじめてその技術を適用し,自らの仮説を検証しました。

<図6糸状体の先端成長がオーキシンにより制御されていることの証明>回収直後の1細胞性糸状体(A)を7日間培養すると文枝が形成され伸長している(B)。この場合あらかじめオーキシン・アンタゴニストPEO-IAAを添加すると分枝の伸長が抑制される(C矢印)。しかし,この効果はPEO-IAAとオーキシンIAAの両方を添加するとなくなる(D)。これらの実験結果によって,糸状体の先端成長にオーキシンが直接関与していることが証明された。

その結果,PEO-IAAが両イベントを阻害することが判明しました(図6C,ここでは先端成長の抑制のみを示します)。また,ある程度PEO-IAAで阻害された先端成長でも,“オーキシン”をさらに加えることで回復が見られました(図6D)。これらのことから,スサビノリ糸状体の分枝における幹細胞形成と先端成長が“オーキシン”で制御されていることが証明されました。

この研究により,他の海藻の成長におけるオーキシンの関与も同様に調べることが可能と考えられます。ただし,PEO-IAAが特異的にオーキシン作用を阻害して糸状体の先端成長を抑制することはわかったのですが,オーキシン・アンタゴニスト(オーキシンの作用を抑制する物質)がどのように作用しているのかはまだわからない状況です。これは,陸上植物ではPEO-IAAが作用するオーキシン受容体が判明している一方で,スサビノリはそれと同じ受容体を持たないことがゲノム解析の結果明らかになっているからです。スサビノリは未知の新しいオーキシン受容体を持っていると考えられます。

三上教授は,「この研究は海藻研究を始めた16年前から継続して行ってきたものです。多くの学生の研究指導を通して長い時間をかけて得られた成果が宮城大学で結実し,やっと論文になりました。それが国際的に高く評価されたことは大変名誉なことで,何か一区切りついた感があります。化学生物学のアプローチは,今回の研究のような明快なエビデンスをもたらします。陸上植物とスサビノリのオーキシン受容体は,それらのオーキシン結合性に違いがあることをすでに証明していますので,今後はスサビノリにおける新規のオーキシン受容体やシグナル伝達因子の研究が課題となります。その成果は新しい知見を提供し,海藻生物学や植物生理学を大きく飛躍させるのではないでしょうか」と話しています。


参考文献
  • Mikami, K., Mori, I.C., Matsuura, T., Ikeda, Y., Kojima, M., Sakakibara, H. and Hirayama, T. (2016) Comprehensive quantification and genome survey reveal the presence of novel phytohormone action modes in red seaweeds. J. Appl. Phycol. 28, 2539-2548. DOI: 10.1007/s10811-015-0759-2
  • Mikami, K., Li, C., Irie, R. and Hama, Y. (2019) A unique life cycle transition in the red seaweed Pyropia yezoensis depends on apospory. Commun. Biol. 2, 229. DOI: 10.1038/s42003-019-0549-5
  • Mikami, K. and Takahashi, M. (2022) Life cycle and reproduction dynamics of Bangiales in response to environmental stresses. Semin. Cell. Dev. Biol. DOI: 10.1016/j.semcdb.2022.04.004

研究者プロフィール

植物分子生物学,水圏植物生理学,海藻生物学を専門分野とし,海苔の原材料であるスサビノリやウップルイノリなどの原始紅藻を研究材料として,発生・形態形成・環境ストレス応答などの基礎研究や,それらの知見を活かして,例えば地球温暖化のノリ養殖業へのダメージを緩和するための技術開発や高温耐性品種の作出などの応用研究を行っています。また,日本応用藻類学会の会長を務め食産業学群に学会本部を設置するなど,宮城県を中心とした「東北から世界に向けた海藻研究成果の情報発信」にも取り組んでいます。

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