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21.04.20

宮城の持続的なノリ養殖のために/食産業学群三上研究室の挑戦

食産業学群三上浩司教授は、植物分子生物学、水圏植物生理学、海藻生物学を専門分野として、海藻の生き様を解明し応用することで宮城県産ノリのトップブランド化を目指した研究に取り組んでいます。

ノリ養殖の北限は仙台湾、シーズン最初の初物競りが行われる宮城県

ノリは、日々の食卓にあるのが当たり前なほど私たちの食生活に浸透している食材であり、国際的な日本食ブームを支える食材としても世界各国で食されています。ノリ養殖に適した海域としては、河川の流入によって栄養供給が盛んな遠浅で、潮の満ち引きが激しい沿岸域が好まれていて、現在最も生産量が多いのが有明海を囲む佐賀県、福岡県、熊本県、長崎県で、中でも佐賀県は突出した生産量を誇っています。他に瀬戸内海、三河湾、伊勢湾、東京湾でも盛んですが、日本におけるノリ養殖の北限は宮城県の仙台湾です。

ノリの収穫は初冬から春先まで行われます。最も早く養殖と収穫が行われるのが寒冷域に位置する宮城県で、シーズン最初の初物の競りは他の地域に先立って宮城県で行われています。現在、宮城の海苔は「みちのく寒流海苔」という名前で流通しており、皇室献上海苔に選出されるほど味が良い高品質な食材です。宮城県のノリ養殖は、先の東日本大震災で壊滅的な打撃を受けましたが、多くの方々の努力によって産業として完全に復興しました。

地球温暖化の影響で減少する海苔/環境変動に耐えうるノリ品種の作出を目指して

みなさんは、もし「私たちの食卓からノリがなくなってしまったら」と思うと、少し寂しいのではないでしょうか。実は、近年の地球環境変動の影響により、日本のノリ養殖は大きなダメージを受けていて、生産量は年々減少しています。特に養殖開始時期に当たる10月後半の海水温が高い場合、ノリの養殖を開始することができず漁期が短縮されるため生産量は減ります。

巨大なノリ養殖地である有明海や瀬戸内海では、この海水温上昇が年を経るごとに顕著になってきており、結果として全国の海苔生産量とその流通量が毎年減少しています。これらはまさしく地球温暖化の影響であり、今後宮城県でもその影響が深刻化することは避けられそうになく、その対策が必須となっています。

三上教授は、ノリ養殖に用いられている「スサビノリ」という紅藻に着目し、特に紅藻における“高水温をはじめとする環境ストレスへの応答”や、“耐性獲得の仕組み”について研究を進めています。

最近の研究成果で「ウシケノリ」が高温ストレスを記憶することで高温耐性能を獲得し、致死的な高水温でも生存できるように自らの生理状況を変えることができることを見出しました。「スサビノリ」でも類似の結果が得られており、この能力を強化することで高温耐性株の作出できると期待できます。その実現によって初冬に海水温が低下しなくても予定通りにノリ養殖を行うことが可能となります。

「スサビノリ」高温ストレス記憶形成機構の解明が今後の課題

大規模なノリ養殖技術が完成している反面、環境変動に耐えうる品種の作出を可能にする「スサビノリ」の生物学的な研究は十分に進んでいないのが現状です。「スサビノリ」の高温ストレス記憶を形成する仕組みは全く分かっていないため、残念ながら現状では、自ら持っている能力を養殖産業に有効活用することができていません。

植物学は学問として長い歴史を持っていますが、その主役は陸上の緑色植物であり、「スサビノリ」のような水圏植物、海藻などがどのように生きているのかはほとんどわかっていないのです。

三上教授は、陸上植物に見られる環境耐性の獲得に関わる遺伝子が「スサビノリ」にもあるかも調査しました。しかし驚いたことに、そのほとんどが存在しませんでした。これは、「スサビノリ」が陸上植物とは異なる仕組みで環境ストレスに応答し耐性を獲得していることを想起させます。そのため、「スサビノリ」における高温ストレス記憶の形成も未知の仕組みで制御されていると推察され、その解明に興味がもたれます。

三上教授は、環境変動に耐えうるノリの作出のために、根本的な解決にはまず「海藻を生き物として理解すること」が必要と考えています。「スサビノリ」が持つどのような能力を、どのように強化すると効果的な遺伝育種につながるのか、これが明らかになれば、宮城県のノリ養殖が環境変動に左右されることない持続可能な産業としてさらに発展することが期待できます。

現在スサビノリなどの海藻の生物学的な研究を専門的に進めている研究室は国内ではほとんどなく、本学の食産業学群は海藻研究の重要な国内拠点の1つとなっています。今後、宮城大学・三上研究室で推進される最先端の海藻研究の成果は、宮城県で持続的なノリ養殖を可能とするのみでなく、日本および世界の海藻生物学研究の発展につながると考えられます。ぜひ、三上教授の研究にご注目ください。

研究者プロフィール

植物分子生物学、水圏植物生理学、海藻生物学を専門分野とし、海苔の原材料であるスサビノリやウップルイノリなどの原始紅藻を研究材料として、発生・形態形成・環境ストレス応答などの基礎研究や、それらの知見を活かして、例えば地球温暖化のノリ養殖業へのダメージを緩和するための技術開発や高温耐性品種の作出などの応用研究を行っています。また、日本応用藻類学会の会長を務め食産業学群に学会本部を設置するなど、宮城県を中心とした「東北から世界に向けた海藻研究成果の情報発信」にも取り組んでいます。


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