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24.06.04

【後編】グッドデザインレクチャーvol.6「パナソニックのくらしプロダクトイノベーション」/デザインスタディセンター

地域に開かれた大学を目指し、学外のさまざまな方と交流しながらデザインを通して地域の課題に取り組む宮城大学デザインスタディセンターが年1回、外部にも開いて行っているグッドデザインレクチャー。第6回となる今回は、2023年度グッドデザイン賞に23商品が選ばれたパナソニック株式会社で生活家電の開発・製造を手がけるくらしアプライアンス社の松本優子さん、吉田尚史さんを招き、商品の開発ストーリーを伺いました。

「食洗機を生涯使う家電に」 文化をつくるデザインの挑戦

松本さんは食器洗い乾燥機(食洗機)の開発ストーリーを紹介。パナソニックは1960年に日本発の電気自動皿洗い機を発売以降、60年以上にわたり日本市場に製品を供給し続けている唯一のメーカーです。食洗機は食器洗いという家事から人を解放し、暮らしにゆとりのある時間を創出し、非常に節水性が高いことから環境貢献にもつながります。

ところが、国内での普及率は約30%で、欧米の70%に比べて非常に低いのが現状。特に若年層の単身世代においては7%以下とほぼ使われておらず、メーカーとしてもボリュームゾーンであるファミリー世帯以外に向けた商品はラインアップに欠けていました。「できるだけ早いタイミングで食洗機の魅力に触れてもらって、ライフステージが変わっても買い換えながら生涯離れられない家電になっていってほしい」という思いで、プロジェクトが始動します。

単身向けの賃貸住宅に住んでいる若年層をターゲットに据え、各部門からターゲットと同世代のメンバーを中心にプロジェクト体制が組まれました。松本さんは「今まで食洗機イコールたくさんの食器を使うファミリーのための家電と思われていましたし、われわれメーカーもそう思っていて、単身のための食洗機は存在していませんでした。1人暮らしの少ない食器を洗う食洗機にニーズがあるか、半身半疑で商品を開発するのは非常にチャレンジングでもありました」と振り返ります。

20〜30代の1人暮らしで仕事も趣味も充実し、中食をメインとした生活をしている人をターゲット像に、ヒアリングし仮説を立て検証していくと、2つの要素が見えてきました。一つは、食洗機のストレスは食器の「量」にあるのではなく、「食器洗いをしなければいけない」状況そのものにあること。もう一つは、多くの人が同じ食器、いわば「スタメン食器」を繰り返し使っていることでした。

ユーザー調査で集めたデータを基に、スタメン食器6点に加えてマイボトルが入り、かつ1人暮らしの家に置いてもいいなと思えるサイズのモデルを手作りし、中に食器をレイアウトして検証を進めていきました。

一方で、食洗機を初めて使うユーザーに「やっぱりあまりきれいにならないんだな」と印象を持たれてしまっては、その後のライフステージで食洗機を使い続けてもらいたいという思いと完全に反するため、洗浄性能の確保はマスト。決して落としてはならないポイントとして技術者に託しました。

デザインにおいては、食洗機の購入を検討していない層にアプローチするために、キッチンに置いた際の圧迫感や視覚的な物量感を軽減し、ぱっと見た時の魅力づくりを重要視。「シェルフやフレームで構成された棚、シースルーで軽やかな形状でありながら中に物を入れて引き立てる額縁のような造形にしたいなという考え方で進めていきました」

据えたコンセプトは「洗える食器棚」。「食器を洗って水切りかごに置いて、棚にはしまわず食事の時にそこから食卓に持っていく、そういう食洗機にしたい」。そして出来上がったのがパーソナル食洗機「SOLOTA(ソロタ)」です。

設置面積がA4クリアファイルほどと業界最小サイズで、コンパクトでありながら十分な洗浄性能、除菌性能を確保。1人分の食器6点が入って洗浄から乾燥まで自動で行います。食洗機に初めて触れる人にも気軽に使ってもらえるように、分岐水線の工事不要な着脱タンク式を採用。ボタンは電源とスタート・ストップの2つだけというミニマルな仕様にしました。

Panasonic パーソナル食洗機SOLOTA NP-TML1

「スタイリングでポイントとなるのは前後の大きな透明窓。シースルーで奥まで見える抜け感のある形状は、キッチンに置いた時の物量感の軽減につながります。透明窓から食器を洗っている様子を見ることもでき、初めて使うお客さまに親しみを持ってもらいたいと思ってこだわったポイントでした」

プロモーションにおいても工夫がありました。食洗機を使うことが自分事化されていない若年層単身者に食洗機の良さをいくらアピールしても、響かない。そこで、「食器洗い」という家事そのものに目を向かせ、潜在的なプチストレスに気付いてもらい、共感してもらう。忙しい毎日にフォーカスしたコンセプトムービーやバナーを作り、1人暮らしの食器洗いにまつわる「あるある」を想起させるようなコミュニケーションを図り、食器洗いという行為を考えるきっかけづくりを行っていきました。

「この商品を使っていただいたお客さまが5年後、10年後、家族が増えていった時にもっと大きい食洗機に買い換えながら生涯を通じて使っていただけるように商品を提供し、どの家でも当たり前に食洗機がある文化をつくっていきたい」と松本さん。

「デザイナーはいわゆる外観のデザインをしている仕事からは大きく領域が広がっていますが、その商品のあり方を考え、その先の生活者の気持ち、心地よさまでつくることができるのは、人の生活に関わっている家電を作っているからこそであり、それがインハウスデザイナーの面白さです」と締めくくりました。

誰かの強い思いが原動力になって、あるべき形が見えてくる

質疑応答では、社内のさまざまな専門性を持つ人たちが集まって開発を行う、くらしアプライアンス社のプロジェクトの進め方について質問がありました。松本さんによると、「以前は企画部隊がこういう新しい商品を作りましょうと言って始まり、じゃあデザインはこういうふうに、そのデザインに基づいて設計はこういうふうにと、バケツリレー方式の開発が多かった」といいます。

「最近は各部門が初期の段階から集まって意見を言い合って、ヒアリングをして調査して設計して、そこから商品に落とし込んでいくようなプロジェクト性、チーム性に変わってきていました。その中でそれぞれの専門性を発揮しながら一つのものを作り上げていく」と回答。

中でも自動計量炊飯器は特殊な例だったそうで、「開発の原動力は設計のエゴでした」と吉田さん。「どうしても作りたい。だけどターゲットには合わない。作っても売れないだろうというところからスタートしたんですが、ちょっと待てよ、ここをこう変えたらいいんじゃないかとみんなが知恵を出し合って進んでいった」と振り返ります。「誰かエネルギーがあって引っ張る人がいると、嫌々でも周りが付いていって、その中でアイデアを出し合って形ができていくこともある」とも。

松本さんも「人のエネルギーが実は全てなんじゃないかと思うぐらい、企画、開発、技術、デザイン、マーケティングの誰かしら、もしくは全員のエネルギー、その商品を絶対作る必要があるんだという思いがないと、いい商品は生まれない」と共感します。

「ソロタのシースルーも、透けて見えた方が楽しいよねという自分のエゴから発生している部分もあって、なぜそれがいいのかを自分の中でかみ砕いて言語化していって、社内に伝えました。結局、言っていることは『こっちの方がなんかええやん』なんですけど、お客さまに届く前の社内の関門として、それを言語化していくことに毎回悩んでいます」と明かします。

吉田さんは「こういう場ではある程度きれいに順序立てて話していますが、言葉にならないものが形になる時があって、プロトタイピングして形になると、よく考えたらこういう理屈が立つんじゃないかと、順序が逆になって生まれてくることもあります」と考えを示します。「その人がその形を生み出している瞬間は言葉にできてないだけで、すでにいろんなことを考えた上で生まれてきているので、同時発生しているのかもしれない」とも。

綿密なマーケティングに基づいて具体的な最適解を導き出すのと同時に、自分の直感がこうだと告げている概念を言葉に落とし込み、「Future Craft」の実現に向かっていく。「未来思考での事業構想」による事例の数々は、事業構想学群を有する宮城大学にとって大きな学びとなりました。

ゲストプロフィール

パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社
くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンター
シニアデザイナー 松本 優子 氏

大阪府大阪市出身。
金沢美術工芸大学の製品デザイン専攻を卒業し、2017年にパナソニック株式会社に入社。以来6年間キッチン家電のプロダクトデザインを担当。昨年9月に発売されたパナソニック最上位炊飯器「ビストロ 」Vシリーズをはじめ、オーブンレンジ、トースター、ハンドブレンダー、IHクッキングヒーターなどを手掛ける。
2020年よりパーソナル食洗機SOLOTAのプロジェクトに参画し、約2年半の開発期間を経て商品化へと着地させた。

パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社
くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンター
シニアデザイナー 吉田 尚史 氏

1967年岩手県生まれ。京都工芸繊維大学意匠工芸学科卒業。1991年松下電器産業(現パナソニック)株式会社にプロダクトデザイナーとして入社。洗濯機担当後、炊飯器を7年にわたり担当。IH炊飯器をデザインしつつ、当時時代遅れと判断され生産終了になりかけていた昔ながらのガチャメカ炊飯器に着目。現在もふくめ20年以上継続生産されることになるミニクッカーとして復活させた。その後エアコン、掃除機と家事関係のデザインを担当。2015年に改めて調理器担当として調理小物、炊飯器や電子レンジを担当し、2023年よりビルトイン課に移動となり、冷蔵庫やビルトインIHなどを主に担当している。

公益財団法人日本デザイン振興会
常務理事 矢島 進二 氏

1991年に現職の財団に転職後、グッドデザイン賞をはじめ、東京ミッドタウン・デザインハブ、東京ビジネスデザインアワード、地域デザイン支援など多数のデザインプロモーション業務を担当。
武蔵野美術大学、東京都立大学大学院、九州大学大学院、東海大学で非常勤講師。毎日デザイン賞調査委員。マガジンハウス『コロカル』で「準公共」を、月刊誌『事業構想』で地域デザインやビジネスデザインを、月刊誌『先端教育』で教育をテーマに連載を執筆。『自遊人』ではソーシャルデザインについて46,000字を寄稿。
2023年4月に大阪中之島美術館で開催した展覧会「デザインに恋したアート♡アートに嫉妬したデザイン」の原案・共同企画。

グッドデザインレクチャーとは

グッドデザインレクチャーは、グッドデザイン賞の受賞者が、受講者と直接対話をしながら未来の社会を考える実践的なデザインレクチャーです。宮城大学デザインスタディセンターが主催となり、グッドデザイン賞を手がける公益財団法人日本デザイン振興会の協力の下、価値創造デザイン学類にとどまらず、全学的な「デザイン思考」の一端として行っております。

グッドデザインレクチャーVol.1 レポート
グッドデザインレクチャーvol.2 レポート
グッドデザインレクチャーvol.3 レポート

グッドデザイン賞は、1957年に創設された日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨の仕組みです。デザインを通じて産業や生活文化を高める運動として、国内外の多くの企業やデザイナーが参加しています。これまで受賞件数50,000件以上に上り、受賞のシンボルである「Gマーク」は、よいデザインを示すシンボルマークとして広く親しまれています。製品、建築、ソフトウェア、システム、サービスなど、私たちを取りまくさまざまなものごとに贈られます。かたちのある無しにかかわらず、人が何らかの理想や目的を果たすために築いたものごとをデザインととらえ、その質を評価・顕彰しています。

宮城大学デザインスタディセンター

デザインを通して、新しい価値をどう生み出していくか。日々変化する社会環境を観察し、多様な課題を解決へと導く論理的思考力と表現力、“デザイン思考” は、宮城大学で学ぶ全ての学生に必要とされる考え方です。ビジネスにおける事業のデザイン、社会のデザイン、生活に関わるデザインなど 3学群を挙げてこれらを担う人材を育成するため、その象徴として 2020 年にデザイン研究棟が完成、学群を超えた知の接続/地域社会との継続的な共創/学外の先進的な知見の獲得を目指して、企業との共同プロジェクトや、デザイン教育・研究を展開する「デザインスタディセンター」として、宮城大学は東北の新たなデザインの拠点をつくります。


MYU NEWS #03

宮城大学デザインスタディセンターでは、2021年の開設以来、学群の枠を超えた知の接続/地域社会との継続的な共創/学外の先進的な知見の獲得を目指し、東北の新たなデザインの拠点として、さまざまな実験的なプロジェクトが展開されています。


MYU Design Study Center STUDIO REPORT 2022

宮城大学デザインスタディセンターの2022年度の活動をまとめた冊子です。2022年度は、宮城大学全体の教育方針に含まれる「デザイン思考」、大学のもつ3学群の「知の接続」、開かれた共創の場を目指した「地域社会との連携」をテーマに計画された3つのスタジオを開講しました。

  • STUDIO 1『(ロゴ)デザインのプロセス』:スタイリングと誤解されがちなグラフィックデザインの役割をとらえ直し、コミュニケーションツールとして用いるためのデザインプロセスを体験。
  • STUDIO 2『肉の未来』:肉という生活に密着したテーマがもつ現代的な問題の広がりに触れ,デザインの視点から私たちがとるべきアクションを模索しました。
  • STUDIO 3『地域文化の再構築と発信』:近年注目が高まる一方で多様な課題を抱える地域文化の情報発信を、編集の視点から考えました。いずれのスタジオでも社会の第一線で活躍する実務家をゲストに招き、レクチャーとフィールドリサーチを含む実践的なプログラムを体験することで、発展的な学びを学内外の参加者で共有することができました。

MYU Design Study Center STUDIO REPORT 2023-2024

宮城大学デザインスタディセンターの2023年度の活動をまとめた冊子です。2023年度は、DSCとアルプスアルパイン株式会社の共同研究の一環として企画・開発されたスタジオワークショップと、DSCの過去3年間の活動を総括する展示・シンポジウムを実施しました。

  • STUDIO 未来とともにある「テマヒマ」の暮らし:スタジオワークショップのテーマは「手を動かすこと」。イノベーションのトッププレーヤーのファシリテーションのもと、文化人類学(伝統)やテクノロジー・アート(現代)の専門家によるゲストトーク、地域の先進的な思想を訪ねるフィールドワークを交え、デザインの視点から未来の社会に向けてアクションを起こす姿勢を学びました。
  • EXHIBITION / SYMPOSIUM「デザインで東北から未来を想像する」:「デザイン」をキーワードとした体験展示・アーカイブ展示と、「デザイン研究教育とオープンイノベーション」をテーマとしたシンポジウムを開催。これまでのDSCの試みから導かれた、東北におけるデザインとの向き合い方におけるヒントが示されました。

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