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26.07.24

5/30 宮城大学デザインスタディセンターによるフィールドツアー 『DSC DESIGN EXCHANGE Joint Study Visit with NUS』を実施しました

宮城大学デザインスタディーセンター(DSC)では、毎年様々なゲストを招き、地域資源やデザインリテラシーを育むためのワークショップやレクチャーを展開しています。

2026年5月30日。シンガポール国立大学(NUS)の学生とともに、仙台沿岸部の東日本大震災による被災地関連施設を訪問し、震災伝承のあり方や復興の方向性、新たな土地利用について学ぶフィールドツアーを実施しました。現地ではゲストや見学施設の方々より具体的な取り組みについてお話を伺い、多角的な視点から仙台市沿岸部エリアの「これから」について考察を深める貴重な機会となりました。

◼︎フィールドツアー行程表
VISIT 1《 せんだい3.11メモリアル交流館 》
VISIT 2《 なかの伝承の丘 》
VISIT 3《 杜の都バイオマス発電所 》
VISIT 4《 蒲生なかの郷愁館 》
VISIT 5《 蒲生干潟・日和山 》

VISIT 1《 せんだい3.11メモリアル交流館 》


記録と記憶のアーカイブ

はじめに訪れたのは《せんだい3.11メモリアル交流館》。シンガポールから日本を視察旅行中のNUSの学生23名と宮城大学から3名、DSC担当教員らが合流し、本江教授から解説を受けながら館内の見学がスタートしました。

展示室には、震災被害・復旧・復興状況の写真や情報がタイムラインに沿って配置されており、学生たちはその記録をひとつひとつ目で追いながら、当時の生活環境や原発事故、政府の対応などについて度々質問しながら理解を深めていました。多くの参加者が興味を持って立ち止まっていたのは、企画展「声を掬うー15年の春によせてー」のインタビュー映像の前でした。これは震災当時はまだ子供だった被災者が大人になり、ふるさとについてそれぞれの想いを語る映像作品です。震災関連の企画展は「消防士の働き」や「下水処理場再建」などニッチなテーマで年3〜4回継続的に開催され、開館から現在まで30本以上のアーカイブがあるそうです。震災から15年経過した今、震災を経験していない若い世代への継承が重要性を増していると伝えています。

壁一面が大きな津波被災地区の地図になっている「仙台沿岸イラストマップ」は、来館者が『昔はここでハゼ釣りをした』『ここでスケボーして遊んだ』といった思い出を振り返り、付箋に書いて貼ると後日イラスト化されるという参加型の展示でした。『これは親しみやすい地図であると同時に、非常に重要な集合的記憶であり、この地域に人々の暮らしが確かに存在していたという復元マップです』と本江教授が説明しました。

VISIT 2《 なかの伝承の丘 》


地域を守る、結束と伝承

次に訪れたのは仙台市宮城野区蒲生なかの地区。津波被害を受け閉校となった中野小学校の跡地に立つ、追悼・鎮魂のモニュメント《なかの伝承の丘》で、なかの伝承の丘保存会会長の下山正夫さんにお話を伺いました。

はじめに『ここから見える景色からは想像できないと思いますが、震災前はこの辺りに約3,000人が暮らしていました。そして津波によって157人が犠牲になりました。まずは皆さん一緒に黙祷をお願いします』という下山さんの呼びかけで、参加者一同で黙祷を行いました。

なかの地区はもともと住民同士のつながりが強く、その結束力は震災時の避難でも発揮されました。ここにあった中野小学校の屋上にも多くの人が避難したとのこと。過去、この地域の歴史には大きく2度の変革がありました。1度目は約60年前に仙台港の建設で、ほとんど田んぼだった場所から住宅地帯になりました。そして2度目は震災による被災で、災害危険区域に指定されたことで住民は離れることになりました。現在は物流関係の施設が多いといいます。

下山さんは震災後、町内会や行政、企業などの協力を得ながら地域の文化や震災の記録をつなぐ伝承活動を行われています。その活動での交流は、杜の都バイオマス発電所の施設内に《蒲生なかの郷愁館》を開館するきっかけになりました。『最初の発電所建設計画では、大きな燃料タンクでこの丘から海方向への景色が見えなくなってしまう。この景色を残せたのも、日頃の活動で企業との信頼関係ができていたからです』と語られました。

VISIT 3《 杜の都バイオマス発電所 》


ふるさとをつなぐ、新たなパートナー

次に訪れた《杜の都バイオマス発電所》では、合同会社杜の都バイオマスエナジーの発電所長 山田淳一さんにお話を伺いました。

『津波がまたいつやってくるかは誰にも予測できません。それは1時間後かもしれません。その時はパニックにならずに指示に従ってください。たとえ津波が来ても安全面については問題ありません』という発言からプレゼンテーションは始まりました。この区域は防波堤に囲まれており、施設の主要設備や非常用発電機も十分な高さに設置するなど過去の津波被害を考慮した万全の安全対策が施されているといいます。

山田さんは、伊達政宗が整備した運河を使った物流にはじまり 、第二次世界大戦、そして震災から現在につながる地域の歴史を紐解きながら、発電所の概要やバイオマス燃料での発電の仕組み(*1)についてシンガポールの発電所との比較も交えながら説明されました。

なぜ発電所の中に《蒲生なかの郷愁館》があるのか。『発電所建設は地域の皆さんの同意があってこそ。地域との密接なパートナーシップを重視している会社の理念に沿って、住民の皆さんが集い、ふるさととの繋がりを感じられる場所として設置されました。2024年8月には国により「震災伝承施設(第三分類施設)」として認定されています』と語られました。

リスクのあるこの地を選んだ理由についての本江教授からの質問に対しては『大都市仙台の消費者への需要が見込めること、燃料輸送に適した仙台港が近いこと、そして建設に十分な広さを確保するためです』と回答をいただきました。他にも学生からは、石巻や気仙沼を例に津波がきた後に起きる火災への対策や、燃料をインドネシアなどアジア諸国からの輸入に依存にすることへの持続可能性についてなど、具体的なリスクについての様々な質問が投げかけられました。質疑の後は、外へ出て実際に巨大な設備を間近で見学する機会をいただきました。

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(*1)
杜の都バイオマスエナジー様 ウェブサイトより(https://mmb-energy.jp/

◆ 杜の都バイオマス発電所
震災後に区画整理によって新たな産業集積地となった蒲生なかの地区で2023年11月に運転を開始。設備容量 75MW、想定年間発電量 約55,330万kWhという一般家庭約17万世帯の年間使用電力量に相当する発電を行う。環境負荷の少ないエネルギーを供給するとともに、地域住民とこの土地固有の歴史や自然環境を守りながら事業を進めている。

◆ 木質バイオマス発電
燃焼させることで発生した熱が、ボイラに供給された水に伝わり、蒸気となり、発生した蒸気の力を利用して蒸気タービンを回転させることで、電気を生み出している。発電で使用した蒸気は「空冷式復水器」で水に戻して再びボイラへ送り、水を有効利用している。燃料は木質ペレットとPKS(Palm Kernel Shell パーム椰子殻)を使用することで、カーボンニュートラルな環境にやさしい発電を実現している。
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VISIT 4《 蒲生なかの郷愁館 》


対話から生まれる、災害への意識

杜の都バイオマス発電所内にある《蒲生なかの郷愁館》では、制作・運営チームに携わる、建築家の小山田陽さんにお話を伺いました。

『私は《せんだい3.11メモリアル交流館》の展示デザインも担当しました。こちらの郷愁館では、制作だけでなく運営にも携わっていますので、地域の皆さんと一緒に使い方も含めて、小学生や中学生に勉強してもらえるように展示を考えています』

ここは、昔住んでいた人たちが唯一戻って来ることが出来る場所。展示資料を前に、地域の成り立ち、蒲生干潟や渡り鳥など自然の豊かさ、被災した中野小学校の思い出の品、そしてお祭りや行事が盛んな仲の良い地域だったことなどを解説していただきました。見学者からは、地域住民とのおしゃべりを通して交流できることが好評だといいます。

後半は、なかの伝承の丘保存会のメンバーの皆さんと、シンガポール国立大学(NUS)の学生たちとともにディスカッションを行いました。

NUS学生は、保存会のメンバーに《なかの伝承の丘》や《蒲生なかの郷愁館》の印象について問われ、『見学者だけでなく、地域の方も集える居場所となっていることが他の施設とは違う。震災を俯瞰した客観的記録の展示と比べて、実際に生まれ育ったご本人たちが語るここでの暮らしぶりや、震災の記憶には語り手の情熱を感じることができました』と回答しました。

また、保存会の皆さんは『震災のつらい記憶も残るなかで、郷愁館を作る時に何から考えはじめたのか』という質問に対して『それは「わたしたちの中野」という小学校の副読本がきっかけです。1980年代当時に教師やPTAが放課後に集まって2年がかりで作ったもので、これには蒲生なかの地区を題材とした歴史や自然が詰まっていて、私たち地域のアイデンティティであり立ち返る指針となっています。“実物を通して学ぶ”という勉強法もここを作る時に参考にしました』と回答しました。震災の記録を展示することの是非については議論もあったが、次の世代に覚えておいて欲しいという強い思いで展示をしているといいます。

今回得た知見をシンガポールでどう活用するかというテーマでは、もともと津波や地震などの自然災害の経験がほとんど無いシンガポールで、国民にパンデミックなども含めた災害への備えに関心を持たせることは簡単ではないという意見がありました。宮城大の学生からも震災当時、被害の少ない地域では次第に関心が薄れていき、代わりに被災していないという罪悪感のようなものが残った、と自身の経験を交えた意見が上がりました。その後も災害時の自治について、シンガポール国内での災害以外の課題や暮らしについて話題が広がりました。

最後に、保存会の皆さんが『今後いつどこでどんな災害が起こるのかは誰にもわからない。私たちも故郷にこんな津波がくるとは予想していませんでした。今回学んだことをひとつでも心構えとして、シンガポールに持ち帰ってほしい』と願いを語られ、議論は締めくくられました。

VISIT 5《 蒲生干潟・日和山 》


戻りはじめた干潟の景色

今回の最終地点に到着したフィールドツアー一行。

干潟を見渡す《日和山》は、標高約6mだったものが津波で削られ3mとなり、現在は防潮堤の7mよりも低いという。国土地理院による測量で「日本一低い山」に指定され、地元に愛される存在です。

砂浜に降りると、気持ちの良い春の風が吹いている《蒲生干潟》。川の河口で海水と淡水が混ざり合う場所で、もともとは色々な種類の生き物が暮らしていましたが、津波で壊滅的な被害を受けました。最近ようやく元の姿に戻ろうと変化しはじめているそうで、一時期は来なくなっていた中野小学校のシンボルバード、渡り鳥の「コアジサシ」も2〜3年前から観察されるようになったといいます。

学生たちは、日本一低い《日和山》の登山を楽しみ、《蒲生干潟》の水際を歩きながら、最後にこの地域の美しい自然を体感しながら体験を振り返り、フィールドツアーを終えました。


ゲスト・ファシリテーター

  • なかの伝承の丘保存会 
    会長 下山正夫様
    保存会メンバーの皆様

  • 合同会社杜の都バイオマスエナジー
    発電所長 山田淳一様

  • 蒲生なかの郷愁館 制作・運営チーム
    建築家 小山田陽様(H.simple Design Studio)
    美術家 八巻寿文様(せんだい3.11メモリアル交流館 初代館長)

ファシリテーター

本江 正茂(宮城大学事業構想学群 教授)
佐藤 宏樹(宮城大学事業構想学群 准教授)

開催概要

イベント名 DSCフィールドツアー
「DSC DESIGN EXCHANGE Joint Study Visit with NUS」
日時場所・内容

2026年5月30日(土) 11:00-17:00


フィールドツアー見学先

せんだい3.11メモリアル交流館、なかの伝承の丘 、杜の都バイオマス発電所、蒲生なかの郷愁館、蒲生干潟・日和山

参加料等 無料、参加にはお申込みが必要です。
主催 宮城大学デザインスタディセンター

お問い合わせ

宮城大学特任助教 小松 komatsud@myu.ac.jp

※担当教員:事業構想学群 本江 正茂、土岐 謙次、佐藤 宏樹、貝沼 泉実、小松 大知

宮城大学デザインスタディセンター(DSC)

DSCは、宮城大学を中心として学生・地域の事業者・自治体職員等が集い、共に学び、共にプロジェクトを展開する共創的な教育研究プラットフォームです。多様なバックグラウンドを持つ参加者の交流を通じて、俯瞰的な視座や実践方法を獲得したり、地域資源をデザインの視点から探索してその価値を再評価・創造する活動を2021年から行なっています。主催するプログラムでは、様々な分野でイノベーションに携わるゲストを招き、講演、フィールドリサーチ、制作、プレゼンテーションなどの流れを通してその考え方や実践方法をプロジェクト形式で学んでいます。学内外の学生のみならず地域の企業やクリエイターも参加し、発展的な学修、新規事業創出、社内研修、地域文化振興、ポートフォリオの充実など、様々な目的に活用されています。

MYU Design Study Center STUDIO REPORT 2024-2025

宮城大学デザインスタディセンターの2024年度の活動をまとめた冊子です。2024年度はオープンスタジオの開講、公開イベントの開催などを通して活動の幅を広げ、東北の新たなデザインの拠点となることを目指して活動を続けています。

  • STUDIO 1『未来の記憶を描く<青葉通り編>』:本スタジオのゴールは『2034年の大町のお店を提案する』こと。 提案を通して、街を改めて多角的な視点で読み返し、実は街の中に隠れている面白さや可能性を再発見することが目的です。対象となった仙台市内青葉通り沿いの大町エリアを実際に自分たちの足で歩き、歴史や現状を肌で感じ、ヒントをもらいながら、大町エリアの過去~現在、未来ま
    でを考える時間となりました。
  • STUDIO 2『Meet Roots, Make Seeds. Meet Roots, Make Seeds.− 過去からつなぐ、デザインの芽。−』:かつて仙台市には「商工省工藝指導所」という国立の工芸・デザイン研究指導機関が存在していました。1969年の閉所まで数々の技術開発が行われており、日本のプロダクトデザインを牽引する役割を担っていた機関です。 本スタジオでは「工藝指導所」の残した足跡や多様な素材に触れながら、これからの工芸・デザインについて考察を深めました。

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