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26.06.22

【後編】グッドデザインレクチャーvol.8「まち・企業・ひとが共に進化するための場 -Ginza Sony Park Projectのデザイン-」(日本デザイン振興会 寄附講座)/デザインスタディセンター

宮城大学デザインスタディセンターがグッドデザイン賞の受賞者を招き、事例紹介と対話を通じて未来の社会を考える「グッドデザインレクチャー」。今回は、かつてソニーのショールームがあった銀座の一等地を「都市の余白を創出する場」に再構築する「Ginza Sony Park Project(銀座ソニーパークプロジェクト)」を手がけたソニー企業株式会社の永野大輔さんを迎えました。「私はデザイナーではない」と言い切る永野さんによるプロジェクト立ち上げから現在に至るまでのプロセスをひもとき、枠組みを超えたデザインを構想する思考のあり方を学びました。

【前編】グッドデザインレクチャーvol.8「まち・企業・ひとが共に進化するための場 -Ginza Sony Park Projectのデザイン-」(日本デザイン振興会 寄附講座)/デザインスタディセンター

宮城大学で銀座ソニーパークをテーマに寄附講座を開講/公益財団法人日本デザイン振興会

ユニークさを生み出す構文「What If 」と「Not A But B」

ソニーの本質である「ユニークであること」を、「再定義する」「世の中に問う」「未来への一歩になる」とルール付けした永野さん。続いて、ユニークなものを生み出すための「構文」を提示しました。

一つは「What If(もし〜だったら?)」。例えば、「もし、ソニーが音楽デバイスをつくったら」という問いから生まれたのが、1979年の「ウォークマン(R)」です。当時、音楽は「家の中で」「みんなで」「オーディオ機器で」聴くものでしたが、「外で」「1人で」「ヘッドホンで」聴くものに「再定義」。それを「世の中に問う」と、危ないのではないか、音が良くないのではないかといった批判もありましたが、誰もが知る通り大ヒットし、スマホで音楽を聴くのが当たり前になった現代への、つまり「未来への一歩」になりました。

同じ構文は「PlayStation(R)」にも当てはまります。「もし、ソニーがゲームデバイスをつくったら」。まだ「子どものおもちゃ」という認識もあったゲーム機を、「大人も楽しめるマシン」として再定義し、世の中に問い、ゲーム機への認識が変わる未来への一歩になりました。

銀座ソニーパークプロジェクトも、この構文が適用されています。「もしソニーが銀座にスペースをつくったら」。本来ビルが建つ場所で、あえて公園をつくる。銀座に足りないものは何か、人々にとって大事なものは何かを問い直し、再定義した結果でした。

しかし、世の中に問うた結果、厳しい声も寄せられました。「ネット上では、こんなの公園じゃないという意見がたくさんあって、押しつぶされそうになりましたが、実際に現場に立つと、来ている人たちがみんな楽しそうだったんです」。1日1万人以上が訪れて楽しそうにしている姿を見て、「救われた気がして、もう一回頑張れた」と振り返ります。

もう一つの構文は「Not A But B」。通常の建て替えが「壊して、新しく建てる」という2ステップなのに対し、銀座ソニーパークプロジェクトは「壊して、公園にして、新しく建てる」という3ステップのプロセス。「ビルディング」ではなく「パーク」であり、「テナント」ではなく「アクティビティー」を入れ、建物の高さも「high」ではなく「low」。空間構成も従来のビルとは異なり、「扉もない、壁もない、窓もない」「街に開いている」など、AではなくBという選択を重ねています。

「こういったものを徹底的につくり上げました」と言い、かつ、それらの統合的な美しさの重要性を力説します。「全体的に見た時に美しくなければいけない。10個シフト(違い)があるからユニークでしょう、とは言えない。インテグレート(統合)しなければいいデザインではありません」。部分と全体を往復しながら、「本当に人々にとって使い勝手がいいのか、意味があるのか」を問い続けてきたといいます。

「余白」が引き出す創造性。銀座ソニーパークが意図せず生み出した「居場所」の物語

そして銀座ソニーパークのもう一つの重要な要素が「余白」。「パーク」と名乗るからには必須の要素です。「ソニーパークはアクティビティーと余白の複合体。余白がなければ、単なるアミューズメントパークになってしまう」と永野さん。この余白が、想定していなかった使われ方を生み出していました。それを永野さんは、子育て中の母親によるSNSの投稿で知ります。

「子どもが生まれてから公園に連れていくことが何より苦痛だった。銀座ソニーパークはそんな私にとって救世主のような存在だった。大人が行き交う空間で子どもを自由に遊ばせた。スタッフの方たちは皆それを寛容に受け入れてくれ、時には手を差し伸べてくださった。パークの名の通り、私たちはそこを公園代わりとして頻繁に訪れた」

その子どもが3歳の時から6歳になるまで通った銀座ソニーパークは、2021年に一時閉園となりました。それから3年がたち、新しい銀座ソニーパークとして開園を控えたある日、親子は工事中の建物を訪れます。「あの頃は歩くたびに抱っこをせがんできた息子ももう9歳。自分の足で伸び伸びと歩き回りながら、完成間近の公園に夢中でカメラを向けていた」

この投稿を紹介した永野さんは、こう続けます。「私はこれを意図していません。この親子がそう思ってくれた、居場所を見つけたということなんです」。近所の公園よりも安心して過ごせると感じてもらえた。そのような声は少なくありませんでした。

Ginza Sony Park

写真提供:Ginza Sony Park

また別のある日、ランドセルを背負った小学生が1人でいるのを心配して見ていた永野さんは、待ち合わせていた母親が来て、2人で思い思いの時間を過ごして帰っていく光景を目にします。都心の一等地で、お金を使わず、雨にも濡れず、安心して過ごせる場として銀座ソニーパークが選ばれている。それも「設計したわけではない」と強調し、「公園とは本来そういう場所ではないか」とも。

「散歩してもいい、ベンチに座ってもいい、昼寝してもいい、ジョギングしてもいい。何をするかはその人に委ねられている」。余白が「ある」ことは、何も「ない」こととは違います。そこをどう使うかを、来る人に委ねる。「そういう場所を銀座でつくりたかったんです」と力を込めます。

Ginza Sony Park

写真提供:Ginza Sony Park

都市における公園を再定義し、世に問うた銀座ソニーパークプロジェクトは、世の中にインパクトを与え、都心の他の場所でも同様の事例が起こり始めています。ウォークマンやプレイステーションと同じように、未来への一歩になりつつあるのを実感しているという永野さん。最後に、「これから、人々には公園が必要になる」と提言しました。

物理的な公園という意味ではありません。「つくって終わりではなくて、人々と一緒に、街と一緒に、社会と一緒にまたつくっていくことで、予期しないことがたくさん起こる。それを受け入れられるだけのデザイン的な設計をすることが、これからの時代、より必要になるのではないでしょうか」と締めくくりました。

その後のクロストークでは、「良い余白」と「悪い余白」の違いについて話が及びました。永野さんは、余白そのものよりも、「運営者が使い道を分かっているか、分かっていないかではないか」と回答。来園者による予期しない使われ方は受け入れつつも、運営側がどうプログラムしていくかを理解していなければ、「訪れる人にとってつまらない余白」になると指摘します。

「テナントが入らないから余白になったのではなくて、余白をあえてつくっているという意思がないといけない」とも。今は余白のこの場所で、来月にはこういう催しが行われる。そういう期待感があるのも「良い余白」の条件で、訪れる人にその期待感を届けるスタッフの重要性にも触れました。

話の終盤、永野さんはグッドデザイン賞への応募に際して、銀座ソニーパークプロジェクトが「建築」でも「プロダクト」でも「サービス」でもなく、「デザイン」のプロジェクトであることを強調したと明かします。これに対し日本デザイン振興会の秋元さんは、現在のデザインを取り巻く状況をこう整理しました。

「今、何々のデザインと言えないデザインがいっぱいあるんです」。グッドデザイン賞では便宜上21のカテゴリーを設けているものの、実際はそのカテゴリーに収まらない、「1でも2でも3でもない、1.5、2.2といったデザイン」が増えているといいます。「それがあるとどんないいことが起きるのかを伝えていくのはすごく難しい」と秋元さん。だからこそ、銀座ソニーパークプロジェクトのような、建築とも、プロジェクトとも、アクティビティーとも言える具体的な事例が示されることに大きな価値があり、それによって人々の理解の解像度が大きく上がることを期待します。

まさに、宮城大学事業構想学群が目指しているのも、建築やプロダクト、グラフィックという既存のカテゴライズにとらわれず、境界を越えて思考し、デザインする力を育てることです。「存在をデザイン」する銀座ソニーパークプロジェクトの試み、ユニークであるために「再定義する」「世の中に問う」「未来への一歩になる」という永野さんが見いだしたルールが、その具体的な道筋を示してくれました。

構成:菊地正宏(合同会社シンプルテキスト)/撮影:株式会社フロット

ゲストプロフィール

ソニー企業株式会社 代表取締役社長・チーフブランディングオフィサー
永野 大輔 氏

1992年にソニー入社。営業、マーケティング、経営戦略、CEO室などを経て2017年から現職。Ginza Sony Park Project主宰として2013年からプロジェクトを牽引し、2025年1月に「Ginza Sony Park」の最終形をオープンさせた。

 

 

公益財団法人日本デザイン振興会
課長 秋元 淳 氏

1998年より日本デザイン振興会においてデザインに関する出版・編集・寄稿、展覧会・催事のキュレーション、教育・地域活動、広報など、広範なデザインプロモーション業務に携わる。

 

 

プロジェクト

Ginza Sony Park Project(銀座ソニーパークプロジェクト)

2025年度 グッドデザイン金賞

写真提供:Ginza Sony Park

銀座のランドマークであったソニービルの建て替え中のスペースを一時的な公園として開放し、都市の可能性を探求する実験を行って、そののち街に余白とリズムを創出したユニークで革新的なプロジェクト。2013年に始動し二段階にわたるプロセス(ビルの解体過程を公園化→建造物の新規着工)を経て、2025年1月に最終形となる銀座ソニーパークがオープン。この場はソニーという一企業のブランド拠点としての役割を超えて、都市に新たなリズムと多様な体験を織り込むプラットフォームとなる。2019年に「銀座ソニーパーク」、2025年に「銀座ソニーパークプロジェクト」としてそれぞれグッドデザイン金賞を受賞。

グッドデザインレクチャーとは

グッドデザインレクチャーは、グッドデザイン賞の受賞者が、受講者と直接対話をしながら未来の社会を考える実践的なデザインレクチャーです。宮城大学デザインスタディセンターが主催となり、グッドデザイン賞を手がける公益財団法人日本デザイン振興会の協力の下、価値創造デザイン学類にとどまらず、全学的な「デザイン思考」の一端として行っております。

グッドデザインレクチャーVol.1レポート
グッドデザインレクチャーvol.2レポート
グッドデザインレクチャーvol.3レポート
グッドデザインレクチャーvol.4レポート
グッドデザインレクチャーvol.5レポート
グッドデザインレクチャーvol.6レポート
グッドデザインレクチャーvol.7レポート    

グッドデザイン賞は、1957年に創設された日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨の仕組みです。デザインを通じて産業や生活文化を高める運動として、国内外の多くの企業やデザイナーが参加しています。これまで受賞件数50,000件以上に上り、受賞のシンボルである「Gマーク」は、よいデザインを示すシンボルマークとして広く親しまれています。製品、建築、ソフトウェア、システム、サービスなど、私たちを取りまくさまざまなものごとに贈られます。かたちのある無しにかかわらず、人が何らかの理想や目的を果たすために築いたものごとをデザインととらえ、その質を評価・顕彰しています。

宮城大学デザインスタディセンター(DSC)

DSCは、宮城大学を中心として学生・地域の事業者・自治体職員等が集い、共に学び、共にプロジェクトを展開する共創的な教育研究プラットフォームです。多様なバックグラウンドを持つ参加者の交流を通じて、俯瞰的な視座や実践方法を獲得したり、地域資源をデザインの視点から探索してその価値を再評価・創造する活動を2021年から行なっています。主催するプログラムでは、様々な分野でイノベーションに携わるゲストを招き、講演、フィールドリサーチ、制作、プレゼンテーションなどの流れを通してその考え方や実践方法をプロジェクト形式で学んでいます。学内外の学生のみならず地域の企業やクリエイターも参加し、発展的な学修、新規事業創出、社内研修、地域文化振興、ポートフォリオの充実など、様々な目的に活用されています。

「宮城大学デザインスタディセンター」 2024 GOOD DESIGN AWARDを受賞!

グッドデザインレクチャーも含む「宮城大学デザインスタディセンター」は、大学の枠組みを拡張し、新しい学びの場を創出する取り組みとして評価され、2024年度グッドデザイン賞を受賞しました。


MYU Design Study Center STUDIO REPORT 2024-2025

宮城大学デザインスタディセンターの2024年度の活動をまとめた冊子です。2024年度はオープンスタジオの開講、公開イベントの開催などを通して活動の幅を広げ、東北の新たなデザインの拠点となることを目指して活動を続けています。

  • STUDIO 1『未来の記憶を描く<青葉通り編>』:本スタジオのゴールは『2034年の大町のお店を提案する』こと。 提案を通して、街を改めて多角的な視点で読み返し、実は街の中に隠れている面白さや可能性を再発見することが目的です。対象となった仙台市内青葉通り沿いの大町エリアを実際に自分たちの足で歩き、歴史や現状を肌で感じ、ヒントをもらいながら、大町エリアの過去~現在、未来ま
    でを考える時間となりました。
  • STUDIO 2『Meet Roots, Make Seeds. Meet Roots, Make Seeds.− 過去からつなぐ、デザインの芽。−』:かつて仙台市には「商工省工藝指導所」という国立の工芸・デザイン研究指導機関が存在していました。1969年の閉所まで数々の技術開発が行われており、日本のプロダクトデザインを牽引する役割を担っていた機関です。 本スタジオでは「工藝指導所」の残した足跡や多様な素材に触れながら、これからの工芸・デザインについて考察を深めました。

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