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26.06.22

【前編】グッドデザインレクチャーvol.8「まち・企業・ひとが共に進化するための場 -Ginza Sony Park Projectのデザイン-」(日本デザイン振興会 寄附講座)/デザインスタディセンター

宮城大学デザインスタディセンターがグッドデザイン賞の受賞者を招き、事例紹介と対話を通じて未来の社会を考える「グッドデザインレクチャー」。今回は、かつてソニーのショールームがあった銀座の一等地を「都市の余白を創出する場」に再構築する「Ginza Sony Park Project(銀座ソニーパークプロジェクト)」を手がけたソニー企業株式会社の永野大輔さんを迎えました。「私はデザイナーではない」と言い切る永野さんによるプロジェクト立ち上げから現在に至るまでのプロセスをひもとき、枠組みを超えたデザインを構想する思考のあり方を学びました。

【後編】グッドデザインレクチャーvol.8「まち・企業・ひとが共に進化するための場 -Ginza Sony Park Projectのデザイン-」(日本デザイン振興会 寄附講座)/デザインスタディセンター

宮城大学で銀座ソニーパークをテーマに寄附講座を開講/公益財団法人日本デザイン振興会

個人からクラスター、そして「あらゆる人」へ。向き合う対象で変わるデザイン手法

冒頭、グッドデザイン賞を運営する公益財団法人日本デザイン振興会の秋元淳さんから、2025年度の受賞対象を例に、今のデザインが向かおうとしている方向についての考察が共有されました。グッドデザイン賞は1957年から続き、来年で70周年となる長い時を経て、対象とする「デザイン」の範囲も変わってきたといいます。

プロダクトや建築のように形があって実体を手にできるものだけでなく、システム、サービス、人々の取り組みまで幅広い対象に広がりつつも、共通するものがあると分析。「形があってもなくても、人が何らかの目的や理想を果たすために、それを具現化していくために意図して築いた物事をデザインと位置付けています」と秋元さん。中でも強調したのは「意図して築いた」点。「何らかの明確な意志があること。計画性と言ってもいいのかもしれません」

2025年度はグッドデザイン賞への応募が約6000件あり、受賞に至ったのは1619件でした。その中から「ベスト100」および大賞1件、金賞19件などが選ばれました。2025年度の大賞は、「DLT木造仮設住宅」。災害時の仮設住宅でありながら、住み心地の良い空間を提供する恒久的住宅である点に秋元さんは注目しました。

「仮設でありながら恒久的、矛盾していると思いますよね。ここが実はポイント」と秋元さん。今すぐ住まいを必要としている人のためだけでなく、その次にすぐ住まいを必要とする人のために、さらにまたその次に必要とする人のためにと、将来を見据えて繰り返し使っていける仕組みを持つのが画期的でした。

この事例から秋元さんが導き出したテーマが、「デザインされる人の深度」。「デザインをするということは、『デザインをされる人』がいるということ。デザインが向き合う人、その人たちにもたらすこと、それらの幅と深まりを明確に定め、最適なデザインを行っていくことが今求められているのではないでしょうか」

「デザインをされる人」が定められている例として、今回のグッドデザイン賞金賞から、全部で108色ものカラーバリエーションを持つ高品質なハンカチ「クラシクス・ザ・スモールラグジュアリ」、プロダクトとしてぜいたくなつくりのデジタルカメラ「Sigma BF」、「鳩サブレー」を割れないように持ち運べる缶「鳩サブレー 1枚入缶セット」を紹介。「そのデザインを喜んで受け取ってほしい人を明確に定めて、そういう人に向けて何ができるかを突き詰めたもの」と説明します。

個人ではなく、あるボリュームを伴った人たち=クラスターを想定した最適なデザインとして、高度な技術に基づいたがんの治療装置「重粒子線治療装置 CI-1000」や農業の業務効率を改善する支援システム「レポサク」も紹介しました。

一方で、個人やクラスターを想定せずにデザインされたものとして、消防用水を供給するための機器「縦スタンド型送水口(F型)認定番号 FDC-011号」、コンクリートの型枠パネル「ドットコンプラス」を紹介。「これらは、それを必要とする人は特定できません。結果としてあらゆる人に効果がもたらされるもので、そのために必要な機能を最適にデザインするというアプローチです」と述べました。

「銀座ソニーパークプロジェクト」もその一つだと指摘。「デザインされる人をあえて特定せず、その上で人々の広がりをもっと誘発し、活性化させていくもの」だと捉えます。「銀座という街で、一つの場に人々が集い、それによってどんなかけがえのない時間が、出来事が生じるのかをテーマに開発されたものではないでしょうか」と話し、永野さんにマイクを渡しました。

デザイナーでなくてもデザインはできる。銀座ソニーパークの「存在」のデザイン

永野さんは、まず自分の立ち位置を明確にしました。「私はデザイナーでもなければ建築家でもなく、いちサラリーマンなんです」とした上で、「だけど、かなりデザインをしました。デザイナーではなくてもデザインはできるんじゃないかと思っています」。

1992年にソニー株式会社に入社し、最初の赴任地が実は仙台だった永野さん。そんなゆかりもあり、銀座ソニーパークと仙台に建設された次世代放射光施設「ナノテラス」を並べ、「ソニーパークの本質はナノテラスと一緒」と持論を展開します。ナノテラスには世界中から研究者や企業が集まって研究し、それが地域経済の活性化につながり、仙台が世界に知られるものとなっている。ソニーパークにはさまざまなクリエーターやイベントが集まり、楽しい場にすることで銀座が活性化し、ソニーが世界に知られるものとなっています。

その2つを貫く視点として挙げたキーワードが、「存在のデザイン」。「この場所が世の中にとって、地域にとってどういう役割になっていくのかという存在がデザインされているんじゃないでしょうか」と切り出し、銀座ソニーパークプロジェクトについて語り始めました。

プロジェクトが立ち上がったのは2013年。1966年にソニーのショールームとして建てられたビルの建て替え計画が発端でした。当時、永野さんはソニーのCEO室で、取締役社長兼CEO平井一夫さん直属のスタッフとして建て替え計画の進捗報告をオブザーブする中で、強い違和感を覚えたといいます。

「ソニー創業者の一人である盛田昭夫さんと、建築家の芦原義信さんがつくり、多くの人に感動を与えてきた素晴らしい建物なのに、こんな建て直しプランでいいのか」。永野さんは会議終了後、平井さんに「このまま進めたら駄目だと思います」と進言します。返ってきたのは「君もそう思うか。良くないよね」という言葉。するとどうなるか。ソニーの文化「言ったやつがやれ」にのっとり、永野さんがプロジェクトに加わることになります。

「そもそも建て替える必要があるのか」という議論から始まり、残すか、リノベーションか、といった根本に立ち返りつつも、最終的には建て替えに落ち着きます。そして議論は、「どんなデザインで」「何階建てで」「どんなテナントがあって」という従来型の方向へ。永野さんはふと気付きます。「これ、自分が駄目出ししたプランと同じだ」

そこで改めて、ソニービルの本質を突き詰めました。1966年に盛田さんと芦原さんがなぜソニービルを建てたのか、なぜあのようなビルにしたのか、あの場所はソニーと銀座にとってどういう場所なのか。1年かけて徹底的に議論し、それがプロジェクトの土台になっているといいます。「プロジェクトが12年続いているのは、その本質に戻れるから。戻るところがあるのはすごく強い」と永野さん。

再定義し、世に問い、未来への一歩に

そして再認識したのが、「人のやらないことをやる」というソニーのDNA。ソニービルはショールームビルでありながら、街に開かれた施設をコンセプトにしており、その象徴として「ソニースクエア」というパブリックな場所がありました。10坪ほどのスペースですが、1966年当時でも地価は相当な金額になります。「それを街に開くのは当時あり得ないことでした。その思いを継承したかったんです」

プロジェクトが始まった2013年といえば、東京オリンピックに向けた建て替えが続々進んでいるさなか。そこで、人がやらないことをやる。「みんなが建てるんだったら、ソニーは建てない」という選択肢が浮上し、いったんフラットな公園にして、その後パークを建てる方針に至りました。

Ginza Sony Park Project

写真提供:Ginza Sony Park

「人のやらないことをやる」とは、ソニー流の言葉で言い換えれば、「ユニークであること」。ではユニークであるためにはどうすればいいのか、永野さんがソニーの歴史を振り返る中で見えてきたという3つのルールを示します。

1つ目は、今あるものを、見方を変えて「再定義する」。2つ目は、その再定義を「世の中に問う」。「今の時代、なかなか矢面に立ちたくはありません。だけど、勇気を持って世の中に問うてみる。その結果、批判や反論が生まれることもありますが、議論を生まないものは、多分ユニークではない」と永野さん。3つ目が、「未来への一歩になる」。「ここに到達して初めて、本物になる」と言います。「誰かにまねされる。そこまで来ると、本当にユニークだと言えると思います」。

こうした考えの下、銀座ソニーパークは単に建築物のプロジェクトではなく、冒頭に示されたように「存在のデザイン」のプロジェクトとして進んでいきます。「大変でしたが、『It's a Sony』と呼ばれる存在を目指して頑張ってきた」と永野さんが振り返るプロジェクトについて、後半ではそこで何が行われ、どんなことが起きたのかが語られていきます。

構成:菊地正宏(合同会社シンプルテキスト)/撮影:株式会社フロット

ゲストプロフィール

ソニー企業株式会社 代表取締役社長・チーフブランディングオフィサー
永野 大輔 氏

1992年にソニー入社。営業、マーケティング、経営戦略、CEO室などを経て2017年から現職。Ginza Sony Park Project主宰として2013年からプロジェクトを牽引し、2025年1月に「Ginza Sony Park」の最終形をオープンさせた。

 

 

公益財団法人日本デザイン振興会
課長 秋元 淳 氏

1998年より日本デザイン振興会においてデザインに関する出版・編集・寄稿、展覧会・催事のキュレーション、教育・地域活動、広報など、広範なデザインプロモーション業務に携わる。

 

 

プロジェクト

Ginza Sony Park Project(銀座ソニーパークプロジェクト)

2025年度 グッドデザイン金賞

写真提供:Ginza Sony Park

銀座のランドマークであったソニービルの建て替え中のスペースを一時的な公園として開放し、都市の可能性を探求する実験を行って、そののち街に余白とリズムを創出したユニークで革新的なプロジェクト。2013年に始動し二段階にわたるプロセス(ビルの解体過程を公園化→建造物の新規着工)を経て、2025年1月に最終形となる銀座ソニーパークがオープン。この場はソニーという一企業のブランド拠点としての役割を超えて、都市に新たなリズムと多様な体験を織り込むプラットフォームとなる。2019年に「銀座ソニーパーク」、2025年に「銀座ソニーパークプロジェクト」としてそれぞれグッドデザイン金賞を受賞。

グッドデザインレクチャーとは

グッドデザインレクチャーは、グッドデザイン賞の受賞者が、受講者と直接対話をしながら未来の社会を考える実践的なデザインレクチャーです。宮城大学デザインスタディセンターが主催となり、グッドデザイン賞を手がける公益財団法人日本デザイン振興会の協力の下、価値創造デザイン学類にとどまらず、全学的な「デザイン思考」の一端として行っております。

グッドデザインレクチャーVol.1レポート
グッドデザインレクチャーvol.2レポート
グッドデザインレクチャーvol.3レポート
グッドデザインレクチャーvol.4レポート
グッドデザインレクチャーvol.5レポート
グッドデザインレクチャーvol.6レポート
グッドデザインレクチャーvol.7レポート

グッドデザイン賞は、1957年に創設された日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨の仕組みです。デザインを通じて産業や生活文化を高める運動として、国内外の多くの企業やデザイナーが参加しています。これまで受賞件数50,000件以上に上り、受賞のシンボルである「Gマーク」は、よいデザインを示すシンボルマークとして広く親しまれています。製品、建築、ソフトウェア、システム、サービスなど、私たちを取りまくさまざまなものごとに贈られます。かたちのある無しにかかわらず、人が何らかの理想や目的を果たすために築いたものごとをデザインととらえ、その質を評価・顕彰しています。

宮城大学デザインスタディセンター(DSC)

DSCは、宮城大学を中心として学生・地域の事業者・自治体職員等が集い、共に学び、共にプロジェクトを展開する共創的な教育研究プラットフォームです。多様なバックグラウンドを持つ参加者の交流を通じて、俯瞰的な視座や実践方法を獲得したり、地域資源をデザインの視点から探索してその価値を再評価・創造する活動を2021年から行なっています。主催するプログラムでは、様々な分野でイノベーションに携わるゲストを招き、講演、フィールドリサーチ、制作、プレゼンテーションなどの流れを通してその考え方や実践方法をプロジェクト形式で学んでいます。学内外の学生のみならず地域の企業やクリエイターも参加し、発展的な学修、新規事業創出、社内研修、地域文化振興、ポートフォリオの充実など、様々な目的に活用されています。

「宮城大学デザインスタディセンター」 2024 GOOD DESIGN AWARDを受賞!

グッドデザインレクチャーも含む「宮城大学デザインスタディセンター」は、大学の枠組みを拡張し、新しい学びの場を創出する取り組みとして評価され、2024年度グッドデザイン賞を受賞しました。


MYU Design Study Center STUDIO REPORT 2024-2025

宮城大学デザインスタディセンターの2024年度の活動をまとめた冊子です。2024年度はオープンスタジオの開講、公開イベントの開催などを通して活動の幅を広げ、東北の新たなデザインの拠点となることを目指して活動を続けています。

  • STUDIO 1『未来の記憶を描く<青葉通り編>』:本スタジオのゴールは『2034年の大町のお店を提案する』こと。 提案を通して、街を改めて多角的な視点で読み返し、実は街の中に隠れている面白さや可能性を再発見することが目的です。対象となった仙台市内青葉通り沿いの大町エリアを実際に自分たちの足で歩き、歴史や現状を肌で感じ、ヒントをもらいながら、大町エリアの過去~現在、未来ま
    でを考える時間となりました。
  • STUDIO 2『Meet Roots, Make Seeds. Meet Roots, Make Seeds.− 過去からつなぐ、デザインの芽。−』:かつて仙台市には「商工省工藝指導所」という国立の工芸・デザイン研究指導機関が存在していました。1969年の閉所まで数々の技術開発が行われており、日本のプロダクトデザインを牽引する役割を担っていた機関です。 本スタジオでは「工藝指導所」の残した足跡や多様な素材に触れながら、これからの工芸・デザインについて考察を深めました。

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